厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 自殺の傾向について

<<   作成日時 : 2006/10/31 20:46   >>

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SMBCフレンド証券の宅森氏(客員エコノミスト)が毎月顧客向けに資料を造って配布してくれている。このデータ集がマニアックで相当面白い。目に留まったのが自殺の統計。最近いじめや内申書問題で自殺が相次いでいたので、気になったので見てみた。(なお原統計は警察庁資料)
まず、過去24年間の自殺者数を見てみると、平成10年(1998)から数字が急に増えて高原状態となっている(これは統計上の定義の問題かもしれないのでご存知の方がいたらご教示願えれば幸いです)。さらに動機別自殺者数ではやはり平成10年から経済生活問題を理由とする自殺が急増しており、これはまあ感覚的に納得できる。まさに日本の金融危機からアジア危機とつながった時期であり、金融機関が相当悲惨となり、そのしわ寄せが中小企業に結構来ていた時期である。これ以外に増えている「理由」は
家庭問題、健康問題、勤務問題、不詳
といったところである。
当然のことながら増えたのは男性の自殺だけであり、女性はほとんど増えていない・・・(哀)

宅森氏のデータ集には東京都の路上生活者概数調査というのもあって、これは平成15−16年の比較では増えたが平成16−17年の比較では減っている。微妙に景気の回復を示唆する数字ではある。サラ金の上限金利問題や消費者信用保険問題もクリアになってきており、今後こうした数字が減り自殺者も減ることを期待する。

一方で今話題になっている学校問題を理由とした自殺だが、これはここ数年多くなったように感じるものの数字上は昭和60年代前半と同じかむしろ減っている。われわれはマスコミのヘッドラインに踊らされてついつい今問題が噴出したかのような錯覚にとらわれるが、これはどうやら自殺という切り口で捉えるかぎりそうでもないようだ。

このデータの興味深いのは「遺書あり」自殺の内数が平成10年以降表示されていることだ。最近わずかながら遺書あり自殺の比率が増えているのはブログやインターネットなどの影響もありそうで興味深い。

それにしても自殺というのは評価が難しい。そもそも死に値することをしでかしたのかどうか客観的な評価と本人の評価が大きく異なっているのだろう。履修漏れ(必修逃れ)の件で自殺した校長先生には本当にお気の毒だが、客観的には校長先生が自殺すべき案件ではない。問題は制度そのものにあるのだから。自殺ということで問題の本質がごまかされるようなことがあってはならない。その意味では死ぬよりも死ぬ気で問題提起を進めてほしかったと思う。

余談だが、この資料集はサッカーワールドカップの成績と国民一人当たりの酢の消費量の関係とかいうわけのわからないデータなどもあり、相当に読み応えがある。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
今回自殺した校長はやはり教育者としては失格だと思う。死んでこの問題がどうなることでもないし、それ以前に教育者として命をどう捉えるかが一番の重要事項であるにもかかわらず自殺することで命を軽んじ、また難題に対して立ち向かわずに死んで逃げるという最悪の手本を示した!
阿部総理が教育改善に真剣に取り組むつもりなら
どんなに野党が喚こうがカスな教師は首にして
質の高い若い教師を多く雇用して欲しい!
トラ子
2006/10/31 23:43
トラ子さんコメントありがとうございます。今回の必修逃れ事件で、なぜか太平洋戦争のA級戦犯ということを考えてしまいました。裁かれるべきなのは個々の殺戮行為をした兵士ではなく、それを許容しあるいはそうするように仕向けた指導者であり指揮体系のトップであるはずで、実際に最後には極東軍事裁判で死刑になった人がたくさんいました。
今回の問題も現場の校長先生が責任を感じて自殺するべきではないと感じました。もちろん命の大切さを軽んじるということを身をもって示してしまったというのはよくないですし、現場にまったく責任がないわけではないのですが、今回の問題を現場の問題として矮小化すべきでないというのが私の意見です。現場がそうせざるを得なかったシステムを作り放置した側が現場以上にきちんと責任をとるべきだと考えます。
厭債害債
2006/11/01 04:19
その意味で責任はいまの「受験制度」を漫然と存続させながら「ゆとり教育」なるものを導入した中央官庁ならびにそれを積極的に推し進めた識者たちにあります。国家レベルでの道筋を誤らせたという意味では、彼らこそA級戦犯であり文字通り死をもって償ってほしいというのが私の意見です。おそらく本当の責任を取るべき人は、いろいろな意見をマスコミで述べたり本を書いたりしてゆとり教育の導入を推し進めながら今頃きっとそれを忘れて違うことを言っているか或は黙って隠れてしまっているのかもしれませんが、彼らがきちんと責任を取らなければ校長は浮かばれないとおもいます。
厭債害債
2006/11/01 04:19

ついでに言えば少子化に対し有効な対策が取れない一方で給付のほうではデフレ時に物価スライドを厳格適用せず漫然と年金財政を悪化させ日本人の将来に対する希望を失わせた厚生労働省の責任者たちにも命で償ってほしいとおもっております。

つまり不正や間違った判断が大規模であればあるだけ、本当の責任者が責任を取らない構造になっている点が大きな問題ですし、どうもその辺に対する国民の追及が甘すぎるのではないかと考えます。
不正な(とあえて強調します)必修逃れは兵庫県などでは4年前にも発覚していたようですが、さすがは「教育県」だけあって教育委員会が簡単な処分だけで握りつぶしていた。これが違法行為だという認識があり、再発防止策まで立てたはずなのに現場ではまったくそれを守る気もなく再発したのは、当然「必修逃れ」が当然だという空気があったに違いありません。そしてそれは保護者の側からもきっと大学受験という目的から歓迎されていたに違いありません
厭債害債
2006/11/01 04:20

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