厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS ホワイトカラーエグゼンプション法案不提出−残業代単価だけ引き上げても

<<   作成日時 : 2007/01/26 01:15   >>

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何の意味もないことは、多くの方がよくわかっておられるとおりです。単純労働は簡単にアウトソースできる時代ですし。

会社では(暗黙のうちに)残業代の予算が作られていて、もし企業がそれなりの支出増を許容しなければ、報告書に記載される残業時間が(暗黙の自己規制により)減ってしまうだけなのです。また、少なくともわれわれのオフィスでは、残業時間はオフィスにいた時間よりはるかに少なく申告している人が多い。それは(本当はまずいのでしょうが)自分もそうだったように、仕事のプロとしてのプライドによる部分もあるのです。要するに私が今もらえるのはこれぐらいだろう、という総額ベースでの自己評価に基づいて申告する残業時間を決めている。彼らは仮にタイムレコーダーが導入されても、かってに先に退社時間を刻印してからオフィスに戻ってくると思います。

何度もこのブログで書いているように、この問題の本質は、本当にあなたの仕事は時間で計測されるべきなのか、ということです。工場でベルトコンベアを見つめて部品を組み立てる作業が時間で計測されるべきであることは疑いなく、これについてはしっかりと残業代をつけさせるべきです。しかし、その組み立ての仕組みを考えたり工場の図面を書いたり会社の業務改善を図っていく部署で単純労働ではない中身にかかわる仕事に携わる人々にとって、時間と成果は必ずしも比例しない。それでもあなたは時間で計測されたお給料をもらうべきだと考えますか?という問いかけです。本来は年収ベースで成果を見てもらって、マーケットの評価に耐えられうるスキルを競争環境の中で身につけていく、その必要なプロセスのひとつだと考えます。
もちろん、今支給されている残業代がまったく消えてなくなるというのは受け入れがたい、というのは理解できます。これも以前に書いたように、この制度の導入に伴い、一定額での給与の上乗せが行われなければなりません。それが現在プロとしての誇りを持って仕事をしておりエグゼンプトされるべき人への当然の取り扱いです。しかし、議論はそれ以前の段階で「残業代がなくなる」というレベルで感情的な反応を招き、議案として提出されないことになってしまいました。逆にこういう方向性に逆行するかのような、残業代割り増しのほうだけが提出される。あほかいな、と思います。

私が批判したいのは3点。
・日本の労働者(組合)は近隣諸国との厳しい競争にさらされていることを忘れている。専門職的な仕事をしながら時間で労働の対価をもらっているようでは、同じ能力を持って成果で仕事を計測されている同じマーケットの人々との競争に間違いなく敗れます。最後は自分に降りかかってくることが理解されていない。
・安部政権のポピュリストぶり。小泉首相との最大の違いです。本当に安部さんには不人気をかこっても日本をよくしようという強い気概が欠けているのです。
・残業代ゼロ法案という、誰がつけたかわからないネーミングは、庶民の反発を扇動するのにきわめて効果的でしたが、問題の本質をゆがめてしまったといわざるを得ません。メディアの問題のデフォルメのしかたを厳しく批判したい。

経済同友会の北城氏経団連サイドが「このような名前をつけられた段階で勝負あった」と言っているようですが、同感です。http://www.asahi.com/job/news/TKY200701170422.html


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