厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 夕刊フジ「もっとがんばりましょう日経」-日経もあんたにゃいわれたくないだろう・・・

<<   作成日時 : 2007/02/07 01:18   >>

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およそ5年ぶりぐらいで夕刊フジを買った。都内の銃撃事件で自分の身辺で起こっていないかどうか確かめたかったからだ。このなかでタイトルのようなコラムがあるのをみた。そこでホワイトカラー・エグゼンプションについてもと大手都銀銀行員のエコノミスト(現在大学教授を経て研究室主宰)が、日経が「財界の言い分そのままの解説記事」を載せているという批判をしていた(1月28日付日経)。
これについてはいくつかいいたいことがあります。

まずその1.財界の言い分そのまま(というか同じ意見)を書くことそのものが批判されるのでしょうか?どうもこの方によると「財界」=悪党という図式が成り立っているようです。私には理解できない単純化です。

その2.ちょっといっていることに矛盾があります。記事をそのまま引用すると、「腕のいいAさんと、腕の悪いBさんに同じ仕事を与える企業がどこにあるか?少なくとも、AさんとBさんがともに定時に仕事を終えられるよう、あらかじめ与える仕事を加減するだろう。」
ここでもちろんAさんとBさんが違うヒエラルキーでありBさんのほうが地位も低く所定内のお給料も安いのであればそれはそのとおりかもしれません。しかし、このエコノミストはどうやら同じ給料を前提にしているようなのです。というのは、このエコノミストが批判している元の記事がそれを前提にしているからです。このエコノミストが言っているのは、能力の低い人も高い人も基本的には同じ給料でなければならない、ということなのです。
実は、彼は、小泉首相の構造改革に対して批判を続けたことで知られています。まあほとんど相手にされてはいなかったものの、なにかのはずみで岩波新書まで出してしまうので、読まれた方も多いかと思います。基本的な発想は「平等主義」がなくなったことで国民が犠牲になっているという立場です。いまどき、こういう共産主義を信奉する人がいるとは思いませんでした。
続けて記事を引用します。「または、Bさんに与える仕事の量はそのままに、Aさんに残業しなければこなせない量の仕事を与えるだろう。そしてAさんにはBさんよりも高い賃金を払う。それが企業というものである。」
両者同じ時間で違う量やレベルの仕事をこなすのであれば、これは当然過ぎる話です。そして両者の能力に基づいた賃金の差を前提にするのですから、仕事の量をAさんが残業しないで済むレベルで設定し同じ量をBさんに与えられれば、Bさんが仕事を終わるまで無給で残業するか、残業しないBさんのほうのお給料が低くなるだけというのが論理的帰結なんですが、前に書いた内容とは矛盾しますね。どうも、残業によって給料の絶対額をかさ上げすることが必要だというそういう立場に読めます。ご本人も銀行のとき付き合い残業でかさ上げされてきたのでは?と疑ったりします。

その3.議論を深めてより良い結論を得ようとする姿勢が感じられない、単なる煽りコラムになっていること。上記の例について「この例え話からは、ホワイトカラー・エグゼンプション制が必要であるという答えはでてこない。」と書いています。そりゃそうでしょう。ホワイトカラーエグゼンプションを彼のように「残業代が払われなくなるだけの残業代ゼロ制度」としか理解できないのであればそうなります。この議論の出発点は、どういう仕事が時間単位で測定されるべきかという問題です。きちんとした議論を拒否してそのような「レッテル付け」をしてしまうこういうかたがたには、どういう職種には時間で測らない報酬体系が必要で、どういうレベルの給与には残業代が必要ではないか、という具体的かつ建設的な議論によってこの国を変えていこう、良くしていこうという前向きの熱意がかけているのだと思います。その点において私は厳しく批判するものです。
さらに筆者は「Aさんが仕事を早く終わって帰れるようにするには法律改正は必要がなく、そういう就業規則にすればいい」と書いています。それはそのとおりでしょう。エグゼンプトはアメリカでもそうであるように、必ずしも労働時間の問題を含まず、残業代の支給の必要な職種や給与のレベルだけの議論もありだと思います。それが望ましいのならそれを議論すべきでしょう。そして私が何度も書いているように、従来その仕事にふさわしいレベルでこなしてきた残業代を込みにしてそれに見合う年俸評価をすれば済む話です。つまり仕事に対する再評価は必ず必要だと思いますが、エグゼンプト制度そのものを否定する理由にはなりません。彼のようなすべて一緒くたにしたような議論が決して建設的なものでないことも明らかです。残業代すなわち純粋な時間労働の範囲がどの職種なのかをきちんと議論ししかるべき職種や階層には残業代ゼロとしその代わり従来の実際の労働の対価に見合った年俸をきちんと議論するのが正しい方向性だと思います。

最後にその4.この方、『「ホワイトカラーエグゼンプション」制(ホワイトカラーを労働基準法に定める労働時間規制からはずし、いくら残業させてもいいとする制度)』と書いてみたり、「単に残業代が払われなくなるだけの残業代ゼロ制度」と書いてみたり、あきらかにわざと捻じ曲げた悪意に満ちた取り扱いをしており、はなから議論する気がないと思われます。レッテル付けと悪意に満ちた表現のデフォルメは最近のメディアに共通した欠陥です。

まあ夕刊フジの記事にここまで噛み付かなくてもいいんですがやっぱり読む人が多いみたいなので。

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