厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 選挙の公示期間とは?(追記あり)

<<   作成日時 : 2007/07/22 10:07   >>

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今度の参議院選挙では選挙日ちょっと都合があるので投票できず今日辺り投票してこようかと思っている。昔に比べ明確な理由が無くても投票日前に(場所の制限こそあるものの)その気になれば投票できるというのは実に便利である。田舎ならともかく、都会に住む人々にとってはほとんど投票日というのが意味を持たなくなった(つまり一定の期間ならいつでも投票できる)といえるのではないか?

そこでふと思ったのだが、公職選挙法に定める公示期間内の制限事項(特にブログやHPの更新)が、これだけ投票日が事実上フレクシブルになった今どれだけ意味を持つかということである。従来は(あくまでも建前上)公示から投票まで一定の期間内にヨーイドンで候補者が自分の主張や政策を平等なやり方でアピールし、有権者はその日までいろいろな人の主張を自分の中で煮詰めて最後にエイッと投票箱に入れる、という概念的図式が成り立っていたように思える。その中では公示期間中の活動が極めて平等性を担保されたものでなければならない、というのも建前として理解できなくもない。
しかし、もはやその気になれば公示日の翌日にでも自由に投票ができるわけだし、そもそも論として、その2週間だけで政党や個人の評価を決めるのであればそれこそ有権者の怠慢といえるだろう。そういう有権者の怠慢をサポートする制度としての平等ならば、帰って有害ではないかと思ったりする。

もっと建前に帰れば、民主主義が自由できちんとした意見を持つ個人を前提にする以上、それまで何も考えていませんでした、といういいわけは通用しないのではないか。だとすれば最後の2週間だけ影響力を排除してもどういう意味があるのだろうか、と思う。

ワタクシは選挙制度についてはもっと何でもありでいいと思っている。本当に個の確立した自由な有権者を前提にするならば、戸別訪問だろうが買収だろうが供応だろうが何でもやらせればいい。それがやはり不都合なのは、前提すなわち個の確立した自由な有権者が多くないからであり、本来は民主主義の前提が成り立っていない、という事なのだろう。

もちろん、メディアに引っ張られるという面があるのでその点では注意が必要だ。だが、私生活でも自分の信頼する人の意見に従うという事はよくあるし、先ほどの前提が成り立っているならメディアだってそこまでの影響力を及ぼせないだろう。

余談になるが、投票所入場券の裏には「期日前投票」の案内文書のしたに「従来の不在者投票も一部存続します」という表記がある。細かい事を言えば、投票日には20歳になっている人がまだ20歳になる前には期限前投票はできず、不在者投票の手続きが必要、という事らしい。どっちでもいいじゃないかと思ったりするのは私だけ?

追記

朝日新聞がTV政治についての東大の調査を日曜の新聞に書いていた。ここで横に書いてあったみのもんた氏のコメントが(突っ込みどころ満載で)面白い。

>私が一番注目するのは、政党よりもその人個人のセンス、考え。ファッションがバラバラの人は政策もバラバラだという印象がある。

前段と後段が結びついているようで結びついていません。政治的センスとファッションセンスは同じ次元なんですね、この方は。

>限られた時間で簡潔に話して欲しいのに要点がはっきりしない人が多い。イエス、ノー、どっちなの?と聞いても最後まではっきりせずに頑張っちゃう。

あなたのような人にとっては世の中の事象はイエスかノーかでしか理解できないかもしれないけれど、世の中はもう少し複雑だと思うのは私だけ?限られた時間というのはテレビ局の都合であり、政治がそれにあわせるべきだとは思わない。

>日本の政治家が白黒をはっきりいえないのは政党の看板があるから。

政党の看板を背負っているほうが、党議拘束みたいなものもあるからはっきりいえるはずです。やはり多くの政治家はそれなりに真剣に物事を考えるから、はっきりいえなくなることもあるのでしょう。みの氏みたいに面白おかしく視聴者に伝えるのが使命だと思っている人とは当然相容れないでしょうが、これは完全な誤解でしょう。

>政党政治にはうんざり。

ああそうですか。政党の無い政治というのをイメージしていただけませんでしょうか?あるいは世界の先進国で政党政治ではない例を挙げていただけますでしょうか?あなたはアナキスト?

>判断基準は自分の63年の人生経験

それはかまわないですが、あなたの人生経験って他人に影響力を及ぼせるほど立派なものなのでしょうか?これに対しては、自分は視聴率が取れるからテレビ局が採用しているわけで、それはある種民意の反映であるという反論がよそうされ、それゆえ次のようなせりふにつながるわけです。

>正直にはじき出される視聴率。受け入れられなければ、反省します。

地上波が厳格な免許制となっていて視聴者はテレビを見るのにそれほどチャンネルのチョイスが無いのですよ。そのなかでやはり二元主義的な切り口でおもろいことを言うところに集まるのはしょうがない。視聴率が一定レベルに達するのは当然であります。しかし、扱っている内容からして、おもろいだけでいいのか、という問題はありますね。政治的な是非は視聴率では推し量れないはず。政治をわかりやすくしているとも思えません。

いずれにしても、この番組とこの人物についてはやはりよほど注意してかからないといけないのではないかと思います。

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コメント(2件)

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>正直にはじき出される視聴率。受け入れられなければ、反省します。

視聴率主義が企業(CM)に依存してしか成立しないマスコミを作り上げ、ハリウッドのように自立して外貨までもちっちり稼ぐことが出来ない、あるいはそれに挑戦できない根本原因だろ!さらに企業に蝿のようにたかってるから、必要な企業批判も出来なく成っている。
と、私はいちゃもんを付けておきます(笑)。まあこの問題はみのさん叩いてもどうしようもないんですけど・・・
kazzt
2007/07/24 10:28
kazztさん、コメントありがとうございます。企業とメディアの関係に踏み込むならば、結局のところ株主がきちんと企業行動を監視できるか、という問題に行き着きます。おっしゃるとおり、この辺の監視の枠組みしか、今のメディアへの抑止力というのは実効的なものがないのかもしれません。逆にすべてのメディアを有料にして広告の掲載や放送を一切禁止したらどういうことになるかちょっと興味があります。
たしかに、これはみの氏の問題に矮小化すべきではないのでしょうね。
厭債害債
2007/07/26 08:45

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