厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 金は天下の回り物

<<   作成日時 : 2009/09/04 12:14   >>

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9月にアメリカのピッツバーグで開かれるG20では金融機関の幹部への報酬規制が話題となりそうな気配です。すでにFSAのターナー氏、フランス大統領サルコジ氏、ドイツのメルケル首相などが積極的にこの案を支持しており、おそらく消極的であろう米国との議論が注目されます。日本は、といえば、今日与謝野大臣のコメントがロイターに流れていて思わず飲んでいたコーヒーを噴出しそうになりましたが。以下ヘッドライン。
「G20の役員報酬問題、日本は何の異論もなく受け入れられる。」

何の異論もなく・・・
何の異論もなく・・・


頭の中で何度か反芻して、これまで生み出されてきた彼我のギャップの大きさを改めてかみ締めることになりました。

今回の議論は、これまで「自由」を基本においてきた金融機関経営について大きな楔を打ち込むことになりそうです。つまり、銀行は従業員の給与を自由に決めることができない。幹部の賞与にキャップがはまり、ボーナスを単年度収益に連動させないで繰り延べさせる案が実現すれば、絶対額が低下することは目に見える。したがって、これまでのように、ベストアンドブライテストが金融機関を目指して押し寄せるということも少なくなるのかもしれません。社会的に見ても、所詮社会のなかで鞘を抜く仕事でしかない金融の部分にあまりにも多くの資源が費やされることの無意味さへの反省ということで、必ずしも悪いこととは思いません。その結果、金融機関で仕事をすることがこれまでより多少面白みがなくなるというのは、ある意味当然のこととして理解されるのでしょう。

ところで、米国の一部投資銀行などは、おそらくこういった政府の干渉を嫌って公的資金を早めに返済したと思うのですが、公的資金を返済したらこういうルールの対象外となりうるのでしょうか?結局今回の金融全体のシステミックなリスクへの反省という点では、それが金融システムの連鎖に深くかかわっている限りにおいて、同様の規制が適用されなければ不安定さが残るという議論になるのではないかと思います。となると、公的資金返済というだけでは、たとえば投資銀行業務や金融保険業務にかかわり続け、スワップのカウンターパーティーだったり金融派生商品の組成などに深くかかわっていたりするところは依然としてこういう規制の対象としなければならない、という議論になりそうに思います。

こういうことを考えながら、ふと、「金は天下の回り物」ということわざを思い出しました。これまでワタクシはこのことわざの意味を「お金というものはめぐりめぐるものであり、所詮は手元にあることもはかないものだし、よそにあってもうらやむものでもない」といいう資金循環論的立場で理解しておりましたが、もしかしたら本当の意味は「天下の」というところに重点がある公共政策的な意味で捉えるべきものかもしれないと思いました。それはお金の回り方(資金決済)というものが持つ公共的な性格であり、まさに金融システムは天下の公共財として取り扱うべきだというものです。だから、公共財の取り扱いにかかわるものは、事実上公的存在として様々な規制の対象となる、という議論に結びつきます。

こうした議論には賛否両論あるでしょう。ワタクシもまだ考えを極めかねています。ただ、ひとつの事実として、欧州を中心とする社会がそういった議論の旗振りを始めていることはきちんと認識しておく必要があると思います。日本はもちろん、昔から当局が箸の上げ下ろしまで指導しており、与謝野大臣のおっしゃるとおり何の問題もないのでして、あえてどうこういう必要もないのですが。

ところで、ワタクシがひとつだけどうしても理解できないことがあるのですが、経済における金融のウェイトが極めて高いと思われている英国がこうした規制に積極的に旗振りをしている点。そういえば、FSAのターナー氏は為替取引税(トービンタックス)にまで言及しているようです(もちろんグローバルに、ということでしょうけれどね)。こうした予想される規制を嫌ってすでに英国を見捨てようとする外国金融機関やファンドも出ているようです(一方、某野村證券などはドックランド地区にかなり安い賃料の長期契約でオフィスビルを借りたみたいですが)。英国における金融業務が厳しい規制の下に置かれたとき、英国はいったい何で食っていくのか?実は日本以上に将来の成長戦略が描けないのではないかと思います。多くの人が主要国における来年の景気回復を見込む中で、やはり多くの人が英国の回復をかなり控えめに見てしまっていますね。そのなかで意図的に厳しい規制を導入しようという背景はどこにあるのか、もう少し勉強してみたいと思います。

(余談)ある人から聞いた話ですが、某次期政権党の一部の議員の間で、トービンタックスの研究会を真面目にやっているとのことです。まあ政治的には環境問題や途上国援助問題と絡めて面白いテーマになりうるのでしょうね。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
日本の金融当局の一部では、「日本の銀行はユーティリティである、従って安定を旨とせよ」という趣旨の発言まであるそうです。ユーティリティというのは電力とか、運輸とか、そういったインフラ産業を差すのだと思いますが、結構そういう産業であるほうが、危険回避志向の日本のベスト・アンド・ブライテストに逆に人気が出るのかもしれません。これじゃ中国にかなわないな。。。
Hardin_1968
2009/09/04 23:23
私はてっきり「日本の金融機関役員の報酬は先進各国に比べあまりにも低すぎるので、既に目標は達成できている。」と発言されたのかと思いました。
durian
2009/09/04 23:31
>>資金循環論的立場で理解
あまり難しく突っ込んで考えた事はなかったのですが、
どちらかと言えば、漠然とこんなように私も思ってましたが、
>>金融システムは天下の公共財
なるほどです・・・
そう考える事も十分「有り」ですね。
目からウロコです。
39歳無職
2009/09/05 07:49
私はdurianさん的見方が一つ,そしてわが国は規制することには慣れていると言う点の2つかなと思います。
EURO SELLER
2009/09/06 04:47
「自由」はあくまで、他者へ迷惑をかけない範囲で行われるものです。他者に迷惑をかける「自由」は自由と認められるべきでは無く、犯罪の一種と考えるべきだと思います。「自由」はとても大切なものです。今回の金融危機をまねいた金融機関の行動は「自由」だったのでは無く、「犯罪の一種」だったと思います。
「自由」とは必要なその最大化を考える作業を怠って成り立つものでは無いのです。「何でも出来る」は自由では無いですよ。他者に迷惑をかけない範囲というルール内でなおかつ、倫理的感性も持つ必要もあるでしょう。「何でも出来る」を「自由」と言い換えないで下さい。無茶な強欲さを暴走させただけの存在は「自由」だったのでは無いのです。そのことをちゃんと自覚する義務があると思います。
kazzt
2009/09/06 07:13
Hardin_1968さん、コメントありがとうございます。今の流れはまさにそのような方向になっていると思いますが、中国はどう出るのか、これも興味のあるところですね。

durianさんどうもです。まさにそのような意味だと理解しておりますが・・・(笑)

39歳無職さんどうもです。決済システムが壊れたら大変だというのはインフルエンザのBCPをみんな熱心にやっているということからも今回より鮮明に意識されたようですから、やはり多少公共的な部分があることは否定できないのでしょうね。

厭債害債
2009/09/06 07:54
EURO SELLERさんどうもです。まさにご指摘の通りかと思います。ヘッドラインだけでは与謝野大臣が肯定的に言ったかどうかまではわかりませんでしたが・・・

kazztさんどうもです。まあ多くの欧米金融業者においては「他者に迷惑をかけていない」と思っていたのでしょうね。広い意味ではそれは明らかな間違いなんですが、ミクロでそう思っていたのでしょう。今回はそれをマクロ的に見直す動きということでしょうが、まあ振り子が行き過ぎないように気をつける必要はあると思います。
厭債害債
2009/09/06 07:58

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