厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS クルドサック症候群の終焉?とアメリカの変化について

<<   作成日時 : 2009/09/06 08:53   >>

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Cul-de-sac フランス語から来たことばで、袋小路のことですが、現代ではむしろ意図的に住宅地として袋小路として開発された場所、として使われることが多いようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF

一般的にアメリカ人は世界の中でもかなり頻繁に引っ越すようです。すこし前のFTが引用していた物の本ではちょっと前までは平均毎年20%の米国市民が引っ越したとのこと。つまり5年に一度引っ越す計算になりますから、平均寿命を70年としたらアメリカ人は生涯で平均14回ぐらい引っ越すことになります。ちょっと多すぎるような気がしますが、いろんなところでの記述でもおおむね10回台半ばの数字が引用されています。
日本人はちなみに平均5−6回程度ではないかと思いますがどうでしょうか?(ちなみにワタクシはすでに14回引っ越していますがなにか?)

ともあれFTの記事は、2007年―8年のデータとしてアメリカ人の引っ越しが激減したことを指摘しています。いわくその1年における引っ越した市民の数は35百万人(つまり10%強)。この数字そのものが1962年以来の低さであり、また1962年当時の人口が2億人足らずだったことを考えると、今回の低さは比率としては異例の低さとなったことを指摘しています。この傾向が続くかどうかはかなり注目されます。

というのはアメリカという国を特徴づける「アメリカンドリーム」なるものの実体はしばしば「Upward Mobility」すなわち、移動することによってより上のランクの生活が待っている、という希望だからです。この希望を支えてきたのが、上昇を続けてきた住宅価格であり、経済成長の確信であったことは言うまでもありません。つまり、彼らは住宅をメンテナンスし、取得した時より高い価格で売ることができる。それによって好きな時に好きな場所へ(前より多くなった資産とともに)移動し、新たなキャリアを積める。そういった確信です。

その「上がり」とも言える場所がクルドサックでしょう。郊外の緑に囲まれた瀟洒な住宅。大きな通りに面することなく静かな奥まった袋小路にある、大きな住宅でのゆったりとした退職後の暮らし。治安もよく、高校の校区のレベルも高く、そこで早期退職して余生をすごす。これこそまさにアメリカンドリームの上がりと言えるのではないかと思います。

ここでアメリカにおける「高校の校区」についてすこし解説しておく必要があります。全米で同じ状況かどうかはわかりませんが、少なくともNYでは子供のいるいないにかかわらず住所を選ぶとき最も重視するのがこれです。なぜならそれによって住宅価格がきまってくるから。ワタクシが最初にNYに赴任した時借家を探して回ったのですが、借家の広告の必須掲示項目と言えるのがこれです。どの公立高校の学区かということが書いてあります。日本的感覚からいえば、べつに安いところに住んでどこか有名私立に通わせればいいんじゃないの?とか、校区内の良い高校を受験して入ればいいんじゃないの?ということになりそうですが、まず「有名私立」なるものは極めて限られているうえ、子供が一人で電車で通学するのはまず不可能です。そもそも電車は発達していませんし。スクールバスの巡回している地域ならいいのですが、それ以外のところから通うことはまず認められません。多少嘘をついて通わせようとすると、親が毎朝バスのところまで送り迎えすることになります。よほど余裕がない限り不可能ですね。ですから私学は日本に比べるとかなり少ない印象で、ほとんどの子供は公立高校へ通います。有名大学などの入学者も公立高校出身がかなり多いです。さらに、公立高校は地域に原則1校しかありません。つまり住む場所と公立学校(小、中、高校)とは原則1対1対応なので、住む場所が決まれば高校が決定されます。

この状況では、良くも悪くも公立高校が日本における有名私学の役割を果たしているといったらいいでしょうか。日本の場合は私学は入試で振り落とされるのですが、NYの場合は要するにお金です。良い高校の地域はやはり家賃や物件の値段が高いし、当然税金も高いのです。その地域における高い固定資産税や「学校税」そして住民税を払うだけの余裕があれば、そこにすむことが許され、めでたく有名公立高校に無試験で入れます。高校から大学へは「共通一次」(SAT)と「内申点」がほとんどすべてであり、有名高校の出身者はそれなりの評価をしてもらえるわけで、みんなが血眼になってお金を稼いでいい所に住みたいという気持ちはそういう部分がかなり大きいわけです。日本以上に大学が幅を利かす社会かもしれないので、結局お金がすべて、ということになります。そういうところで豪邸を建てて住むということになればお金はいくらあってもあまりすぎることはないでしょう。そして著名大学ともなれば、また学費に膨大なお金がかかる。3人ぐらい子供がいるのが普通のアメリカ人にとって、これはかなり厳しい負担です。「強欲」とも呼ばれる人々のお金への執着はこういう部分もあるのだとおもいます。
(余談ですが、ある有名大学では寄付金によって多少入試の点数に上乗せがあるということが私のいたころは堂々とHPに書いてありました。まあ我々の及びもつかない金額ですが)。

もちろん、一般的にはそのようなお金があって教育熱心な人々が集まる地域は、犯罪も少なくなるわけで、またもともと税金を高く取っているから警察(基本的に自治体単位の警察があります)も相当まじめにやってくれるので、老人たちにとっても居心地のいい場所になります。本来は子供がいないから「学校税」が無駄のように見える老人夫婦がそういう税金の高い地域に住み続けることも多いようです。(もしかしたら地域への恩返し的な理解もあるかもしれませんが)。

話が少しそれましたが、アメリカにおいて「どこに住むか」という問題は、日本における「どこに住むか」よりはるかに大きな意味がある、そしてそれがお金に直結しているということをちょっと書いておきたかったのです。

おおむね「いい地域」といわれるのは郊外にあります。都心でももちろんお金持の住む地域は多いですが、郊外は緑も多く、スポーツやレクリエーションに便利で、週末を過ごすに理想的だと思われるのでしょう。Bloomberg出版から出ている"The CUL-DE-SAC Syndrome"は、こうした郊外生活を理想とする米国人の持ち家志向がさまざまな問題を生みだしてきたことを指摘し、今回の金融危機をきっかけとして、これがまた都会への回帰を促すのではないか、と指摘しています。まあ都会もかなり限界ですから、必ずしもそうならないとは思うのですが、もともとかなり無理をしているこうした郊外生活が限界に達した中で、こうしたアメリカンドリームがもはや維持不能になったことによって生じるかもしれない社会の変化について、そしてそうした志向そのものがもたらした問題について述べています。今回のエントリーはこの本に触発されたところが大きいのですが、アメリカの郊外持ち家志向の行き詰まりが現実化して今後アメリカ社会が大きく変わってくることが示唆されているとおもいます。

アメリカ人の引っ越しが激減したのは、引っ越すことができなくなったという面に加え、引っ越しによってもより良い暮らしが見いだせなくなったという部分も大きいと思います。失業率が最近ほとんど見ないようなレベルまで上昇しているということは、新しい仕事がみつからない、ということを示しています。これまで必ず値上がりしてきた住宅が値下がりして、ローンを完済して新しい家を買うことができにくくなった。さらに40年間成長を続けてきた消費者信用が5カ月連続のマイナスを記録し、住宅ローンの延滞が二桁に達しようとしている状況で、アメリカの社会が根本的に変わろうとしているのかもしれません。つまり夢を見ることなく、着実に自分たちの足元を固め、バランスシート調整を進める。これまで以上に「普通」になってしまっているような気がしますが、アメリカが普通になってしまうことで世界はどのように変わっていくのか、興味深いところです。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
私の引越し回数は指折り数えて10回でした。
もうないかな?ラスト1回あるかな?

ところで、こういう話を聞きますと、
日本が格差社会?どこが?という気になりますね。
どこに住んでいても、普通に地方の公立進学校から東大や京大なんかに行けますもの。
特別に裕福でなくても、相応の努力や才能があれば。
まあ、東大や京大に行けば幸せになれると言うつもりはないですし、OBでもないですが(^^)
お金でほぼ将来が決まると言うのはキツイですね。
チャンスの国アメリカはどこに行ってしまったのか?
39歳無職
2009/09/06 21:05
>>アメリカが普通になってしまうこと
これは恐ろしいです。
今までのセオリーが通じない世の中が来るのかも?です。
いつだって未来は不安なものですが、
更にそれが増幅されてしまう。
39歳無職
2009/09/06 21:18
別にお金の力が大きい場所(国)は有ってもよいよ。そこに住むのも自由であるべきだし、そこから離れるのも自由なら問題は無いと思います。ただ、それをグローバルスタンダートとして他国に押し付けるのは明らかに迷惑です。何故ならその思考法にあわない人間が生きる場所が無く成ってしまうからです。
グローバリズムとは多様性を許容する力を持った思考法である必要があると思う。その点でネオコンのグローバリズムには大きな問題点を感じます。プログマティズムはその点の許容力は比較的大きいと思いますし、保守派は本来外国に口出ししない伝統でした。
それを無茶苦茶にしたのがネオコンであり、その手先として暴走し続けた人間が日本にも居たと感じています。
kazzt
2009/09/07 13:14
私もNJで家を買いましたが、やはりいい所に住みたいということで、限られた予算で、いい場所・いい家を探すのには苦労しました。

隣町はRidgewoodという我がBergen Countyでも指折りの土地です。恐らく、郊外持ち家の典型的な場所でしょうね。ただ、ここはBloombergの雑誌でも紹介されていたように、金融危機の影響をもろに受けた場所でもあります。仰るとおり、こういう町のあり方は日本には無く、でもある意味公平ではあるなと思います。アパートに住んで、いい学区に通わせる親も、NJにはいますし、必ずしも家を買わないといけないわけではありませんから。

ずっと不動産状況をチェックしていますが、一時期(2009年になって直ぐ)に比べると売りが減って、落ち着いてきたのかなと思います。(嵐の前の静けさ?ということもあるでしょうが)
NJ Resident
2009/09/09 05:36
39歳無職さん、どうもです。日本でも、結局お金をかけた人が東大に入るという面はあるとは思います。

kazztさんどうもです。おっしゃることはよくわかりますが、残念なことにグローバリズムとは単一基準の強制という場合にも使われているケースがあるようですね(たとえば会計基準)

NJ Residentさんどうもです。賃貸でも持ち主は高い税金を払っていて結局それがレントに反映されているわけですから、まあ同じことかもしれません。不動産はいろいろ落ち着きは見えますが、価格の「下げ止まり」というところでしょうか。日本の経験だとまた上がるかどうかはいろいろな条件が必要になると思われます。

厭債害債
2009/09/12 11:29
単一基準の強制によって、投資を活発にするという主張ですが、それは結果的に実物経済からの乖離も引き起こす原因にも成ったと思います。
プログマティズムやエラノス会議などのグローバリズムは文化も含めた総合知の観点からグローバリズムを志向するものであり、確かに時間は掛かるかもかもしれませんが、数字に引きこもって性急な変化を志向するものでは有りません。
少なくとも総合知の観点からのグローバリズムの適切な見直しが私は今とても重要だと思います。
kazzt
2009/09/13 13:20
kazztさんどうもです。まさに今部分的に見直しが起こっているのだと感じておりますが、基準の統一というところに惹かれる部分は人間の本性みたいなところがあって、依然として志向してしまうようですね。
厭債害債
2009/09/14 20:54
>基準の統一というところに惹かれる部分は人間の本性みたいなところがあって
「基準の統一」ですか?それが出来るのはおそらく貨幣の数字の扱い方では無いだろうと思いますね。
貨幣はあくまでも幻想であってジンカン(人のあいだ)のみに成立する存在ですね。
その幻想に大きな力を与えることに私は強い違和感を感じます。
私は私が何を「分からない」のか?
その範囲を的確に定めたいですね。
こういう普遍性の探求も有りますよ(笑)
コレを無や空と表現します。
kazzt
2009/09/15 01:35

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