厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 改正ソルベンシーマージン比率の持つ意味

<<   作成日時 : 2010/04/16 05:58   >>

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金融庁は4月9日づけで保険業法施行規則などの改正案とそれに対するパブリックコメントを公表した。この内容のかなりの部分がいわゆるソルベンシーマージン比率の計算方法の変更(いわゆる「新ソルベンシー」)にかかわるものである。新しいルールは2011年3月期(つまり本年度)に参考数値として計算された上で、2012年度から実際に開示される。

損害保険会社についてはソルベンシーマージン比率があまり問題になることはない。商品構成が基本的に短期性のものが多く(たとえば自動車保険など単年度更新であることが多いと思う)貯蓄性のものでも生命保険にくらべると短いものが多い。これに対し生命保険会社では、終身保険や年金など貯蓄性のものでも長期のものが多いため、顧客は長期にわたって保険会社にお金を預けていることが多く、その財務体質の安全性指標がいっそう注目されることになる。

もちろんソルベンシーマージンだけではなく格付け会社の格付けも別の視点から安全性を指し示す指標として用いられるが、格付けには定性部分が大きく反映されるのに対し、ソルベンシーの算出基準は(多少社内モデルの前提をいじれる部分はあるとしても)全て客観指標に基づいて算出され、監督官庁にとっての「早期警戒シグナル」としての意味合いが本来は強い。実際この比率が200%を下回ると早期是正措置が発動されることになっている。

今回の計算方法の変更は、従来のソルベンシーマージン比率が早期警戒シグナルとしての役割をまったく果たしていなかったという反省に基づくものである。これまで破綻した多くの生命保険会社において、破綻直前までソルベンシーマージン比率が200%を割り込むことは一度もなかったのである。最近の例では2年前に破綻した大和生命が直前の開示では500%もあった。通常ミニマムの2倍以上あったら安心だと思うわけで、そこからいきなり破綻されたのでは数字として意味を成さないというのはそのとおりだ。

というわけで、今回の変更によりおおむね数値が厳しくなる。ほとんどの会社で従来の数字の5〜6割の数字まで落ちると思われる。変更の大きなポイントは、これは新聞などでも報じられているように、リスク管理上の信頼区間を90%から95%に上げて最大損失を計算させたことだ。これを新聞などがわかりやすいように「10年に一度発生するリスクの想定から20年に一度発生するリスクの想定への変更」と言っているのである。資産サイドでの重要な変更は、リスク資産に対するリスク係数が一部で大きく上昇し、それを持つことによるソルベンシーマージン押し下げ効果が強まることだ。たとえば国内株式はこれまでリスク係数10%だったものが新しい計算方法では20%と倍増する。また分散投資効果としてこれまで一律30%リスク量からの控除が認められてきたが、今後は実際にそれぞれのポートフォリオをベースに計算することが求められる。これはおおむねこれまでよりリスク量からの控除が少なくなると受け止められている。

さらに細かいことを言えば、国内株の場合、自社のポートフォリオがたとえばTOPIXに対して極端に高い感応度(ベータたとえば2.5とか・・・ないない・・・)を持っていたとしても、たとえばTOPIXの先物を売っておけばその分株のリスクはないものとして(つまり同量だけリスク量から控除して)扱えた。しかし新しいルールでは、個別銘柄のヘッジでなければ、「ヘッジの有効性」を測定する必要があり、原資産とのベータ値が0.5〜2以内でなければヘッジとして認められず、リスクが減るどころか逆に原資産のリスク量プラスヘッジのオフバランス取引のリスク量が足し算として乗ってきかねないこととなっている。

さて、それでは、今回の改訂でその精度はアップしただろうか?ワタクシの見るところ答えはNOだ。それは基本的に実務の世界で咀嚼可能なレベルで数字を算出させることに力がおかれているうえ、信頼区間やリスク係数の変更を除いてはかなり緩めの基準が維持されているからである。

たとえばリスクのうち価格変動リスクについて、上に書いたヘッジ効果とベータとの関係だが、TOPIXに対してベータ2のポートフォリオであれば同量を先物でヘッジしても、理屈の上では損失は半分しかカバーできない。ベータ2という意味はポートフォリオの損益がTOPIXに対して2倍変動すると言う意味だからである。生命保険の運用における特別の概念として責任準備金対応区分というのがあって、ここでは厳密なALM(資産負債マッチング)運用が行われているのだが、デュレーション(債券の金利リスク量概念)ベースで資産サイドのデュレーションは負債サイドに対して0.8〜1.25の間でコントロールすることが義務付けられている。これに比べたら0.5〜2というリスクコントロールはあまりにゆるく、ヘッジの効果が最大2倍となる可能性があるということだ。

同じくリスクヘッジとして使われる通貨などのオプションだが、プットオプション(特定の価格(行使価格)でたとえば米ドルを売る権利)の買い手(権利保持者)である場合は、行使価格x数量分(たとえば100万ドルのプットオプション行使価格90円だったら9千万円)だけヘッジ対象資産(ドル建ての外債など)の為替リスクが相殺されていると扱われる。しかしながらオプションのことをちょっとでも理解していればわかるとおり、オプション価格の原資産価格(たとえばドル円レート)に対する感応度はデルタという値で表されるのだが、これはプレインバニラの場合ほぼ100%を超えることはない。ATM(アトザマネー)でようやくおおむね50%程度である。つまり現在93円だとすると期間1ヶ月程度の行使価格90円のドルプットオプションのデルタは50%よりかなり少ない(たとえば30%)。にもかかわらず、これが行使価格ベースで額面相当額100%ヘッジしているものとして扱われる。この点については従来から変更はされていない。

この点を昔悪用した会社があって、かなり行使価格の離れた安いプットオプションを大量に買い込み、ヘッジ効果100%の決まりを生かしてソルベンシーマージン比率をかさ上げしようとして、金融庁にえらく怒られたそうだ。それがあったため今ではルール(大蔵省告示)の中に「意図的にやった場合は効果を認めない」ことが明記してある。しかしながら、期末の最終取引日に大量にそのようなオプションをやったようなあまりにも明白なケースは別としても、たとえば3月中ごろユーロ円の30円ぐらい下(円高水準)の行使価格の1ヶ月程度のオプションをやった場合、それが意図的なかさ上げを狙ったものと断言できる人はどれほどいるのだろう。2008年には170円近くから110円近くまで60円近くも動いているのだから、そういうオプションがまったく無意味だと断言することはやはり困難ではないのか?

さらに、ちょっとワタクシも理解しかねているのだが、円建債券のリスク係数が従来の1%から2%に引き上げられ外貨建債券は従来為替リスク込みで5%だったのが改正では為替リスクは別扱いで1%となった(なお為替リスクだけで10%カウントするので、外貨建債券もヘッジなしで持つと10%と従来の倍になる。)結果として「通常の円建債券」(たとえばJGB)に比べ「ヘッジつき外貨建債券」の価格変動リスクは半分となる。しかもこれは残存期間を考慮しないから、日本の3ヶ月短期国債の価格変動リスクがアメリカの30年トレジャリーに短期為替予約でヘッジしたものの2倍のリスク量となるということである。なんだか金融庁さんの相場観が入っているようないないような。

また、ポートフォリオ効果の計算も新しいルールでは各社がやることになるが、実は資産クラス間の相関係数は所与のものとして告示に書かれており、それも0、0.25、0.5、1.0の4種類の数字だけだ。これで相関を毎年同じように計算しても実体とずれてしまう可能性がある。

信用リスクのところもかなりゆるい。信用リスク係数はランク1〜4に分けられ、ランク1は信用リスクゼロ(つまりリスク係数ゼロ%)として扱われているのだが、OECDの中央政府、中央銀行は全てランク1だ。つまりギリシャの中央銀行の出したサムライ債などはリスクなしとして計算される(まあ逆にだからつぶせないという議論は確かにありますがネ)。これに対しフランスやドイツの政府が100%出資しているような公的機関でも、明示的な保証でもない限りランク2に落ちる。

もうひとつの改正の目玉はCDS取引(プロテクション売りサイド)についての信用リスク評価を新設し、これについて通常の債権や融資にかかるリスク係数に比べかなり高いリスクを入れたことだ。この中身も興味深い。それはリスク対象資産の所在地によって係数を大きく変えていることであり、しかも日本(参照債務の想定元本額の5.6%)が欧州(同2.5%)米国(同2.9%)に比べ倍も高いリスクとなっている。う〜んなぜだろう?

いろいろいちゃもんめいたものばかり並べてきたが、それでもこの数字がまったく意味を持たないとは思わない。一定水準以上であれば(数字の操作の余地はあっても)まあ急激にどうにかなることはないだろう。また大づかみの状況としては高いほうがそれなりに安全性が高いという一般論は成り立つと思う。とはいえ現在でも1000%を超えている場合は会社間の差はあまり意味を持たないと断言してよく多少の差の比較は無意味だ。そして低くなったときに多少数字を操作できる可能性はまだ残っている。問題はそのように出された数字の根拠や意味をあまり理解せずに、数字だけが一人歩きしてしまうことだ。これはまあどのような数値についてもいえることだろうと思う。金融庁さんにおかれても、この数字の使われ方も含めた世の中への啓蒙なり配慮を行っていただきたいと思っている。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
いつもながら詳細な解説、ありがとうございます。
しかし、単純に「20年に一度発生するリスクの想定への変更」などという新聞の見出しだけ見て、厳しくなったんだ、安全を見てるんだなあ・・・などと感心していてはいけないんですね。

>>なんだか金融庁さんの相場観が入っているようないないような。
受けました(^^)
こんな身内に疑われて、
大丈夫か!?JGBってところですか(爆)
40歳無職
2010/04/16 08:29
なんだか「リスクエクスポージャー」というより「ノーショナル」ベースで数字合わせ、というイメージですね、、、。相関が一定というのもリーマンショック時の教訓をマッタク加味してませんなあ、、、。大和生命さんの件で「ノーショナル」ではなくてリクイディティリスクやマーケットプライスを加味した「リスクエクスポージャー」と資本クッションの関連をきちんと見ないと意味を成さない、という教訓から斜め上方にいっているような、、、。
また後から後出しじゃんけんで細かい数値をいじられるんでしょうかね、、、。しかしJGBよりUSトレジャリー等の方がリスクエクスポージャーが低いとは、、。今後はオージーとかNZとか南アとかスペインとかポルトガルとかギリシャとか(<あっ、、)エマージングハイイールド(ヘッジ付き)大人気ですか(w。
ttori
2010/04/17 10:50
40歳無職さん、どうもです。まあ数字が半分になると言うことはリスクを二倍に見積もったということに間違いはないのです。ただ、そんなことやっても所詮ブラックスワン事象には対応できないかも・・・

ttoriさんどうもです。ギリシャもまだ信用リスクウェイトゼロです、はい。
厭債害債
2010/05/10 21:45

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