厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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<<   作成日時 : 2010/10/20 20:43   >>

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以下は2010年10月のPIMCO社のビルグロース氏のinvestment outlookより引用しました。

「(前略) 「投資家」はこれまでよりも低いリターンに甘んじなくてはならないニュー・ノーマルという状況を正確に思い描くことができていません。つい先週、ニューヨーク・タイムズ紙は年金基金が企業年金、公的年金双方とも、性急な綱渡りを進めようとしていると報じました。この記事では、こうした年金投資家の苦境、すなわち運用ポートフォリオの長期的リターンを平均8%と想定している状況を「貯蓄の幻想」と称しています。実際に、過去10年間のリターンは平均で3%に過ぎません。しかし、こうした投資家はチャート1に示した25年間の歴史が適切な目安になるとの考え方に固執しています。これはある意味で、年金運用の分野において株式長期投資の考え方を模倣したものであると言えます。しかし、常識的に考えた場合に得られる唯一の結論は、株式に60%、債券に40%を配分した場合、目標水準に達するためには、株式から12%近いリターンが必要になるというものです。前回、私が確認した時点で、投資適格債の利回りは僅か2.5%であり、この2つの古典的資産クラスの組み合わせから、魔法のように8%を稼ぎ出すには株式から12%のリターンを得なくてはなりません。ビリヤードに例えて言うと、それには「メカニカル・ブリッジ」と呼ばれる非常に長いキュー・スティックが必要になります。幸運を祈ります。
(中略)
年金基金に8%のリターンは用意されておらず、長期的に12%のリターンを生み出す株式も見当たりません。懸命な努力により、それを実現しようとする政府の景気刺激策からもたらされる最も蓋然性の高い帰結は、ドルの下落と生活水準の低下です
(後略)」
(引用おわり)

かいつまんで言えば三つの重要な点を認識すべきであるということです。
1.「これまでより低いリターン」が常態化すること
2.いまだに過去25年間の歴史が適切な目安となると信じて高い想定リターンを制度に組み込んでいる年金などは今後相当厳しい試練に直面するであろうこと。
3.政府が資産市場における高いリターンを実現しようと努力する結果は、ドルの下落と(米国の人の)生活水準の低下であること

ワタクシは基本的にはこの意見に同意です。自分自身25年程度しかこの業界に携わっていないので、所詮物事の一部しか見ているわけではありませんが、たまたま大きなサイクルのひとつの部分を通過してしまったという感覚は強烈に持ち始めています。ワタクシが業界に入ったころは、まだアメリカの10年国債の金利はなんと二桁あったのです。ある意味まともな時代でした。ベトナム戦争やオイルショックなどを経てインフレが高騰する過程でインフレファイターの名をほしいままにしたボルカー議長のもとで強烈な引き締めが継続していました。同時に貯蓄余剰の日本などから多額の資金が高金利を目指して流入していたため、なんとか帳尻はあっていたのです。
当時はそうした資本のおかげでドル高になっていました。それはまだ多少なりとも力が残っていた製造業にとっては大きな痛手となりました。そこでアメリカは禁断の手をうちます。自国通貨の切り下げです。背景にはまだぎりぎり冷戦構造が続いており、西側陣営として最終的にはドイツも日本もドルの秩序だった切り下げに合意せざるを得ない状況となりました。金との交換停止で「管理通貨制度」というドル本位制に移行した以上、基軸通貨国としてその価値を維持してもらわないといけないはずなのですが、基軸通貨国も当然というか自国の利益のために行動するという矛盾が85年のプラザ合意で最初に噴出したのでした。

ここから先、アメリカは20年以上にわたって見事な綱渡りをします。「強いドルは米国の国益」であるとのお題目を唱えながらすでに金利が低くなった日本などから資金を集め、一方で困ったことが起こるたびに金融緩和を繰り返すことで傾向的には金利を引き下げていき、双子の赤字といわれる不足分が本来もたらすべき生活水準の低下を金利の低下(とそれに伴うレバレッジの増大および資産価格の上昇)で補っていったのです。何回かバブルのようなものもありましたが、見方を変えれば、基本的な不足をバブルで覆い隠し、その破裂を今回のもの以外は比較的ソフトなものだったといえましょう。それはバブルの直接の被害が金融などの世界に限定されており、またハイテクバブルなどに見られるように、結果としてそれなりの成果(技術革新など)ももたらしたからです。しかしながら、本の一瞬だけ財政が黒字になったほかは、おおむね双子の赤字は継続しました。この事実を力強い言葉で言い換えてみたいと思います。アメリカの人々はマクロ的には能力以上の分不相応な消費を20年以上続けていたのです。そしてそれを覆い隠したのが、金融政策と一体となった金融技術なるものであり、もしかしたらなんとなくわれわれがまだ抱いているかもしれないアメリカの金融の「先進性」なる幻想だったのかもしれません。そうした幻想を意図的にばら撒くことで諸外国からお金や人を集め続けた面も否めません。

話が少しそれますが、ノーベル経済学賞は結構時代の空気を反映していると思います。ナシム・ニコラス・タレブ(ブラックスワンの著者)に言わせれば、一部のノーベル賞学者こそ危機をあおった張本人ということになるのですが、まさに金融技術を積極的に活用しようという流れの中でマートン、ショールズなどがオプションプライシング理論でノーベル賞をとったのは、必ずしも偶然ではなかったのではないかと思います。さらに言えば、オプションプライシングモデルは、ノーベル賞のほかのカテゴリーに見られるような「基礎的貢献」を重視する立場からすれば、日本の伊藤清教授が受けてふさわしいものですが、あまりにも純粋に数学的すぎたためか、結果としてアメリカがその栄誉に服し、そしてますますアメリカこそ金融技術のメッカである、という認識が深まったのだと思います。というか、そういう「空気」を作り出す片棒を担いだといってもいいかもしれません。誤解のないように言っておきますが、オプションプライシングモデルの業績が意味がないなどというつもりは毛頭なく、言うまでもなくこれは偉大なモデル化でした。しかし、なぜ90年代にわざわざ受賞されたのかということがそもそもとてもいやらしい感じがします。そして本来一定の数学モデルにすぎないのに、その限界(ブラック博士などは自ら「ブラックショールズ式の限界」などというセミナーを初期のころからやっておりましたから、最初はみんな良心は持ち合わせていたのでしょうね)はモデルを修正して金融業界のニーズに合わせていく段階で次第に忘れ去られていったのではないでしょうか。

話を元に戻せば、アメリカという国は、少なくとも80年代以降はマクロ的には消費する以上の富を生み出すことがほとんどなかった国ということができます。それを補うためにまずはプラザ合意などでドルの価値を下落させて債務を軽くし(なにせ自国通貨建てですからね)、その次には金融緩和で資産価格を上昇させて人々をいい気分にさせ、そのバブルが崩壊したらまた金融緩和、というサイクルを繰り返してきたのです。80年代の金利水準が極めて高かったことが、繰り返される金融緩和の余地を大きくしたといえるのですが、それはそれまでの政策が比較的まともだったことの裏返しであります。これを逆転させたのは誰だったのか?あえて言うまでもないでしょう。そしてこの方の在任期間がまさにアメリカが問題の先送りを繰り返してきた期間に見事に重なります。

前任者から引き継いだバーナンキさんには実は取れる政策の選択肢(少なくとも伝統的な部分については)はほとんど残っていなかった。事実上のゼロ金利にしてしまってそれが効かない時代に、しかも経常赤字の国で、これからどうすべきか本来は議論が大きく分かれてしかるべきところですが、なぜか量的緩和を歓迎する論調が当然のごとく受け入れられる。でも、市場はやはり正直で、米国30年国債の金利はむしろ上がってきていますし、5年などの年限との金利差も過去例を見ない水準まで拡大しています。目先はデフレでも、将来はインフレ、しかも通貨価値を貶めていく形でのインフレを織り込んでいるかのように見えます。これは形を変えたアメリカの債務のリストラクチャリングを織り込んでいるのと同義です。ドル安と金利上昇が同時に来る可能性もあるということです。最近のクルーグマン−ファーガソン論争などをみても中期的な処方箋にコンセンサスはないとおもいます。つまり、金融当局者も超目先のことぐらいしかきちんと予測できない状況になっていて、ここから先中長期の目標を立てることはきわめて困難な状況となっており、金融政策いかんで大いなる不確実性をもたらしかねない瀬戸際に立っていると思います。

メインシナリオとして、ワタクシはとりあえず米国は立ち直る(まあ2−3年先?)とは思います。しかし、今の状況で出口の見込みもその出口技術についてもほとんどコンセンサスがない中で、膨らませてしまったFEDのバランスシートは大きな爆弾です。仮にいったん立ち直ったとしても、このつけはまた近い将来(5年以上先になるでしょうが)誰かが払うことになるのだと思います。それはおそらく再びバブルの生成とその再破裂という形をとるのでしょう。そのときもはや下げるべき政策金利の余地はないのだと思います。バランスシートもおそらく十分に小さくなっていないことでしょう。そしてそのときもおそらくドルは基軸通貨国であり続けているでしょう。それゆえ、アメリカは米国債の保有者に対し次のような問いを突きつけることになるのでしょうね。

「米国債の元本の名目の削減(リストラ、またの名をデフォルト)がいいか、実質の削減(またの名をドル安またはインフレ)がいいか、どちらか選んでください」。

介入などで外貨準備を増やし、状況の先送りに貢献している国は、これに対する答えをいずれきちんと用意しておく必要があるのではないでしょうか?まあおそらく答えはきっと後者になるんでしょう。本来採るべき対策の正解はきわめて明白で、本来受けるべきでない利益を受け続けた人々(つまりアメリカの人々ね)が過去の累積をチャラにするまで生活水準を落として貯蓄に励むこと、です。しかし、言うまでもなく、そのような選択肢はきわめて非現実的で難しいのでしょう。

というわけで、資産の収益率は、きちんと物事の対策を講じていこうとする気持ちがあればあるほど、従来よりも低いものになるし、目先の苦しみに耐えかねて大胆な政策をとりその後始末を先送りするなら、バブルとその崩壊の過程を通じてより強い苦しみと、もしかしたら世界秩序まで含めた構造変化すら呼び起こしかねない、そういうきわめて厳しい時期にワタクシたちはたたされているのだという気がしてなりません。そしてその選択が、実は誰も知らない未知の世界の白紙の地図を前にして進路を決めなければならない人々の決断にかかっているという意味でも、今の状況はまさにタレブ氏のいう「第4象限」の入り口なのかもしれないという思いを強くしています。

とはいえ、本当に第4象限に入るのかどうかの分かれ目は、人々の未来に対する信頼感と協調にあるように思います。アメリカは基軸通貨国で経常赤字国で問題が限界まで来ているわけですが、他の国(経常黒字国)が共同して問題を解決する、あるいは先送りすることもできるはずです。EU内で危機をきっかけに生じたように、意外にドラスチックな解決策が提示されうるのかもしれませんね。少なくともしばらくは人類の叡智にかけてみたい気がします。逆により争いが深まるリスクもあるのですけれどね。

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最強ヘッジファンド LTCMの興亡 〜天才が描く収益設計
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投資一族のブログ
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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
>本来採るべき対策の正解はきわめて明白で、本来受けるべきでない利益を受け続けた人々(つまりアメリカの人々ね)が過去の累積をチャラにするまで生活水準を落として貯蓄に励むこと、です。しかし、言うまでもなく、そのような選択肢はきわめて非現実的で難しいのでしょう。

「この生活水準を落として貯蓄に励むこと」というのが全米全体で現在進行していることなのでは?と思います。

・住宅価格が下落した結果、担保割れしている数多くの住宅ローンの返済。(米国=ノン・リコースとの認識が日本にはあるやもしれませんが、一概に州によってです。今まで住宅価格が右肩上がりだったからノン・リコースとして扱われてきただけの話。)
・融資基準の厳格化の結果、新たに住宅を買う人はきちんと頭金を用意して、返済能力を証明する必要があります。

また現在、米国の住宅政策は見直しをしている最中であります。持ち家偏重政策の失敗を認め、賃貸推奨もある程度バランスを取って行う方向に舵が切られれば、米国人の貯蓄率は「ニューノーマル」に向かうことでしょう。
らっこ
2010/10/21 00:05
らっこさん、コメントありがとうございます。
住宅問題はバランスシート調整の形でまさに生活水準の低下に直結する点、おっしゃる通りかと思います。今後はインフラ整備の劣化や補助金の減少、モノが買いづらくなるという形でさらにその調整が行われる必要があるのですが、欧州の状況をみてもどこかで悲鳴が上がってストップしてしまうのでしょうね。
厭債害債
2010/10/21 06:09
日ごろ愛読しております。突然のコメントで失礼いたします。

レイマンには細部の論理展開はつかみかねますが、ここには真実があるということが直感的にわかります。
パックスアメリカーナと呼ばれていたユーフォリアのような時代が、終わりつつあるということなのでしょう。厭債先生が語られているようなさめた経済の論理と、安全保障の視点から来る日米同盟深化というような政治的論理が複雑に絡み合いながら次の時代を迎えることになるように思えます。
いずれにせよ黙示録のようなヴィジョンをいただき、ありがとうございます。
Naniwa no Nagori
2010/10/21 16:19
難しい問題すぎて、考えがまとまりませんが、過去がこうだったからこれはこうなると言う具合に、安易に結論を付けてはいけない時代に入ったのかもしれないと、肝に銘じておこうと思います。
mushoku2006
2010/10/22 08:39
Naniwa no Nagoriさん、コメントありがとうございます。個人的には黙示録ではなく、必然と考えております。どこかで日本が大きな決断を迫られる時期が10年以内にやってくるのではないかと。

mushoku2006さんどうもです。おっしゃる通り決めつけは禁物ですね。ワタクシも肝に銘じておきます。
厭債害債
2010/10/24 16:53
 以前、金融危機の最中「それでも米国を信じる」と述べられておるのを拝見したことがあります。いまでもお気持ちに変化はありませんか。米国の確信犯的な為替政策を達観されている一方、米国の何を日本人として信用しているのでしょうか。私はカモられていると痛感してしまいますが。
傍観者
2010/10/25 21:17
傍観者さん、どうもです。信じるという意味は、モラル的に信じるというのではなく、米国には使える力がかなり残っているという意味です。その意味で本文に書いたように回復する可能性は高いと思いますが、結局そういう力の行使そのものが、将来の不均衡を高めてしまうリスクを懸念しています。
日本人がカモられるというのは、現象面としてはそうかもしれませんが、米国は自然体で(とくに悪意なく)自分たちの利益の極大化を図っているだけなのだと思います。確信犯的為替政策というのも、積極的ん「ドル安」を目指しているのではなく、結果としてドル安になることを放置していると理解しています。
厭債害債
2010/10/26 00:15
12%の長期的なリターンは有りえないですね
ただ米国企業等は未だに資本コスト(WACC)を
10%程度で見積もっているところがあります
これってまともな投資を排除して
博打的な投資を奨励するようなものですが
そういう前提が”健全”だと思っている幹部が多いようです
年金基金の過去25年間の平均リターンにこだわる姿勢と
あい通じるものがありますね
健冒症
2010/10/26 10:35

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