厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 共通語としての英語、そして語学の習得について(雑談)

<<   作成日時 : 2010/12/22 08:03   >>

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最近はようやく英語が出来ないと少なくとも国際間の取引にかかわる立場の人は大変だ、ということが共通認識になってきたみたいですが、まだまだ「ガイジンは日本にきたらニホンゴを話せ!」みたいな説も根強く残ってはいるようではあります。
ところで、自国語が英語でなくても英語が読めて当然という立場をとっているのがECBのプレスリリース
http://www.ecb.int/press/pr/date/2010/html/index.en.html

ユーロ参加国のうちかろうじて自国語が英語といえるのはアイルランドぐらいですが、すべてのプレスリリースに英語版があるのは当然としても「英語版しかない」リリースが結構あります。(基本的には英語以外の言語は、関係する国がはっきりしている場合にのみその言語を追加するというスタンスに見えます。)つまり、英語がほとんど母国語でないユーロ圏において英語が事実上の公用語となっていることを示しています。

これに関して思い出すのは、一時期フランスが採用した自国語優先政策。1994年にフランス語の使用に関する法律というのをつくって、かなり外来語の氾濫を制限しようとしたのですが、その後どうなったのでしょうか?いずれにしても国際関係においてはフランスでも英語のツールとしての優位性を認めざるを得なくなったということでしょう。

勝った負けたという次元の話も多少関係あろうかと思いますが(たしかに域内のとりわけ有力国の特定言語を公用語とするわけにはいかないでしょう)、おそらく英語がもっとも技術的に共通のツールとするための障壁が低い、ということだろうと思います。まさに「道具」としてこういうものを持っていないと国際間の話とかそういうものには一切ついていけない時代になっている、ということを冷静に認識しておく必要はあるでしょう。

話は変わりますが、いつも外国出身のお相撲さんのインタビューを聞いていて、この人たちが発音からなにからきわめて自然なニホンゴを短期間でマスターされているのに驚きます。考えてみれば、語学を身につけるという点で彼らが有利な環境にあることも確かです。
・ 相撲部屋のなかの師匠と弟子あるいは兄弟子と弟弟子、という関係の下、日本語意外しゃべってはいけない環境にある。
・ 一般的に若いから語学が習得しやすい
・ 稽古や生活の中では単純なフレーズながらきちんと言葉を発する必要が多く、慣れやすい。

てなところでしょうか。一方で日本企業の海外駐在員(特に英米)がなかなか英語が上達しないのは、そのまったく逆の環境が残ってしまうからでしょうね。これ、家族もちだけではなく、単身者も同じような状況にあるというのは結構興味深いです。


まったく関係のない話ですが、自国語優先政策に関して、「タモリ倶楽部」かなにかでやっていた「外来語禁止ゴルフ」を思い出しました。「一番・鉄」とか「木の四番」とか「鷲」とか結構笑えましたが・・・直接関係はありません。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
noga
2010/12/22 21:28
ヨーロッパに旅行に行くと、僕のような低レベルの英語でも結構通じたりします。日本で外国の方に道を聞かれたりしますが、英語圏以外の方の英語なら(日本人が欧州に行った場合も同じです)、お互いに英語が母国語ではないため、小学生レベルの会話にしかなららず、身振り優先となり、通じなくて困るということはありません。

どの位のレベルを求めているのか、目線をそろえたほうが宜しいかと思います。少なくとも、日銀の方なら、英語の難しい論文くらい普通に読んでいるでしょうし、レポートを書く立場の方も普通にいらっしゃるでしょう。一般企業の海外駐在員程度(商社の人なんかは商談会話は普通以上にできると思いますが・・・)ができないという話と、ECBの話を同列にするのは、なんかフェアな比較に見えません。

こういう話は、劣等感を植え付ける事で、皆でできないつもりになって、英語から逃げる口実になっちゃうだけじゃないかと心配したりします。

必要な人が必要なだけ英語ができる状態か、そうでないかが問題じゃないかと思いますし、それは個々人の必要性に帰すのかなと思ったりします。
うん
2010/12/22 22:04
トゥーボン法ですね。ファイナンスの「債務のパリ」入門でそういうのがあるのを知っただけで詳しいことは知りませんが。フランスは、観光関係(ホテルや観光客の多いカフェやレストランなど)ではきちんと英語が通じる所が良いですね。中国は上海は通じますが、北京は空港でもスタッフが英語を喋らない状態でびっくりしました。関係無い話ですが、中国人の友人が、中国経済の未来について凄くポジティブなイメージを持っているのに対して驚いたのですが、中国についてはどう思われていますか?いくつかポイントがあるとは思いますが、アイポッドの中身や、衣類、自動車の生産が多いと言っても、中国合弁のアウディを日本人がアウディの値段で買うとは思えないし、衣類もアディダスの名前だから買うのであって、中国メーカーの名前でアディダスの値段で買うとは思えないですし、高付加価値な産業構造に持っていくのは、物凄く困難なイメージしかないのですが。
学生
2010/12/30 02:46
nogaさん、コメントありがとうございます。次の「うん」さんのコメントにもかかわる話ですが、国民すべてが英語に堪能である必要がないとはおもうのです。ただ、国際取引や外交、政治に携わる人々の水準としてもう少し底上げが必要だろうと思います。問題は一朝一夕で英語が堪能になれるわけでもないので、結局ある段階からは進路のコースわけが必要となってくるのではないかと漠然と考えています。

うんさん、コメントありがとうございます。
おっしゃる通りで、全員が必要なわけではないのですが、少なくとも日本では政治や国際取引に携わるレベルでも相当苦労される方々が多いようです。日本人の場合とくに年をとってから勉強するのは苦労しますから、システム的にある段階からきちんと習得するようなグループが必要なのかもしれません。

学生さん、どうもです。最近フランスは妙に英語に対して愛想が良いと思います。あれだけフランス語命だったのに最近どうしちゃったの?ということなんですが、もう好き嫌いの次元を超えてしまったのだろうと思います。道具として不可欠という認識でしょうね。
中国については、それほど楽観していません。近い将来制度と経済の折り合いがさまざまな場面でぎくしゃくしてくるでしょう。付加価値はある意味「信用」ということなので、それを獲得するにはまだ時間がかかると思います。ただ、それはきちんとやり続ければ「不可能」ではないとも思います。中国がきちんとした態度で国際社会に目を向けることができるのかどうか、という問題とかかわるのですが、残念ながら政治の世界がどこかでそれを邪魔してしまうのかもしれません。
厭債害債
2010/12/31 11:46

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