厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 生命保険会社の資本調達

<<   作成日時 : 2012/11/12 18:29   >>

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日経の記事でいくつかの生損保の間で資本調達が流行している、というのがありました。
http://www.nikkei.com/article/DGKDASDF0800K_Y2A101C1EE8000/

確かに記事を見る限り、それなりの金額を調達しているようです。その背景として「国際的な規制強化」を記事はあげています。

ここでいう「国際的な規制強化」とは記事にもあるように「欧州ソルベンシーII」を念頭に置いたものだと思われます。ソルベンシーIIで実施される大きな変更点は以下の通りです。

(a) リスクベースの計算(保険会社の保有するリスクに基づく)
(b) グループのソルベンシー評価にも焦点をあてる
(c) 市場整合的(Market Consistent)な資産・負債の評価
(d) 内部モデル使用の承認

cの市場整合的なという意味は、市場で実際に観察される金融指標(たとえば金利)に極力近い前提と想定で「資産・負債」両方を評価してリスクと資本を測定するということです。つまりこれまでになかった「保険負債の時価評価」という問題が前面に出されることになります。リスク量は確率分布を前提にするVaRを基本的に使うところが多いでしょうが、そのいわゆる信頼区間も90%や95%といったゆるい水準から99.5%というレベルを使うことが求められます。これはこれまで10年とか20年といった期間に1度しか起こらないようなリスクを考えていればよかったのが200年に一度のリスクが発生しても支払い余力が残るような、そんな資本を持つことが要求されるということです。おそらく日経新聞の「保険会社が抱えるリスク量が従来よりも大きく見積もられるため、その分資本の上積みを迫られる公算が大きい」という記述はこのことをイメージしているものとおもわれます。

確かにそういう面も間違いなく存在するのですが、ここで忘れてはならないのは保険会社というのはもともと「リスクを引き受ける主体」であるということ、いわば業としてリスクを取らなければならない主体だということです。生命保険会社がお客さんに保険に入ってもらうとき、それはお客さん(被保険者)の生命や健康に一定のイベントが生じたときに保険金や給付金を支払う義務を負うという形でのリスクテイクを行っています。
ところが実際には保険会社は死亡や健康リスクについては基礎データ(たとえばある年齢の人が平均的にどのぐらい生きるか、あるいはどれぐらいの確率で一定の病気になるかなど)で確率論的に計算された必要な徴集保険料(確率論通りに死亡や病気が発生したら損益ゼロになるような保険料)に当然のことながら一定の割増保険料(安全割増)を載せています。お客さんからまあいわば保険料と同時に資本バッファをいただいているような感じです。なんだ、ひどいじゃないか、と思うお客さんもいるかもしれませんが、そもそも保険というのは大数の法則に基づく互助のシステムでありシステムそのものを崩壊させてはそもそもの制度の意味を失う。だからシステムの安全が守れるような制度設計にしているのです。(この点公的年金も本来はそういう仕組みだったのですが、いろいろな政治的な圧力や役所の怠慢で修復不能なレベルまで放置されてしまっていますがそれはさておき)。民間企業が運営する保険のいいところは、経営の観点と制度維持の観点の利害が完全に一致しており、安全な制度維持に必要ならば保険料を引き上げる、あるいはその商品の販売を停止するなどの対応が可能であるといったところです。保険金請求や社会イベントなどのデータをタイムリーにとらえつつ、経営として契約をコントロールしているわけです。

それに加えて、保険会社は「危険選択」をおこないます。病気の人は申し込んでも一般には保険に入れなかったりします。危なそうな職業の人も断られたり割増保険料を取られたりすることがあります。そういう「選択」をつうじて会社にとって優良な(つまり保険金や給付金の請求が出にくい)保険契約を集めることで、想定される確率よりもマージンを改善できるのです。こうした結果として、一般に保障性(死亡保障、疾病保障など)の保険の利益率は高いです。新規参入の保険会社でもそういう商品に特化していればそれなりの利益を上げることができます。(スタートアップのときは多少の余裕は必要ですが)。いくつかの保険会社は東日本大震災のあと地震のストレステストをやりましたが、死者数が南海トラフの32万人というレベルならともかく、これまでの被害推定である数万人レベルであれば何の問題もないと思われます。


ところが、いわゆる貯蓄性の商品(年金、終身など)はそれほど儲ける余地はありません。大昔であれば、長期の市場金利が6%の時に予定利率5%(昔は定率だったそうですね)というように多少余裕をもって利ざやを設定できていたので、逆ザヤが表面化することはなかったといえますが、今ではもう20〜30ベーシスとかそういう状況で、しかも金利リスクを完全にヘッジできていない。保険会社のリスクはいまやほぼそういう運用の世界に存在するといっても過言ではありません。

市場リスク(価格変動リスク)というのは本当に厄介で、なにせ動かしているのが人間そのものですから、純粋な確率論ではなくどちらかというとフラクタルの世界です。つまり従来型のVaRとかでは十分にとらえきれないというか、そもそも前提が適合していない可能性すらあります。多くの会社はすでにイベント発生を念頭に置いてT-VaR
(テール領域だけを取り出した場合の想定損失)などを見るようにしているということですが、それでも本当に事態をきちんと示せるかどうかは未知数です。T-VaRでとらえた数字以上のものが飛び出してくる可能性もないとは言えない。ストレステストの重要性が言われるゆえんです。

ここでソルベンシーIIの話に戻りましょう。ソルベンシーIIでの大きなポイントは「保険負債」の時価評価だと書きました。保険負債とは生命保険会社のバランスシート上、「責任準備金」という形で表現されているものです(厳密に言えば様々な準備金の一部もこの中に入っていますが)。これは将来の保険金や給付金支払いに必要な額を保険数理に基づいて計算し、積み立ててあるものです。この前提の一つが予定利率であり、現在の必要積立額というのは確率的な死亡等の要素をカウントに入れた将来の必要保険金支払額を予定利率で現在価値に割り引いたものです。(余談ですが、当然昔の高い予定利率の保険は高い利率で割り引かれているので必要積立額は小さくなりますが、運用がその予定利率でできないのであれば、その分は将来の潜在的な損失となって積み重なっていきます。これが逆ザヤです。)

ソルベンシーIIではその予定利率の代わりに「市場整合的な利率」を割引率として使います。「評価時点の」国債金利だったりスワップ金利だったりするわけです。そしてその割り引いたものを負債の時価として財務諸表に反映していくことになります。少なくともリスク管理の世界ではそれを用いることになります。となるとリスクの考え方は従来と根本的に変わってまいります。これまでは負債は予定利率という単一の既に決まっている利率で割り引いて評価すればよく、資産サイドだけが市場金利の変動の洗礼を受ける状況だったため、しばしば日本の生保は金利が上がると大変だぁみたいな誤解も生まれているのですが、時価ベースでバランスシートを引き直せば現状は金利のポジションは負債の長さに追い付いておらず、金利が下落することがバランスシートを悪化させる原因となります。会計上は現状ではもちろん金利が上昇すれば資産サイドにおいて国債などの価値が減るため悪化するともいえるのですが、満期保有とか責任準備金対応債券とかいろいろあって、その気になれば金利上昇における会計上のリスクを軽減することは可能です。しかし金利資産と同じように負債の時価も変動する(しかも同じ金利指標を使って)となると、なにが重要かというと、金利のネットのポジションです。つまり負債サイドと資産サイドのデュレーションの差や、すべて金利商品といってもいい保険負債と資産における金利商品との差額(つまり債券や融資以外のものをどれだけ持っているのか)、といったものが問題になってくるのです。そしてここでのリスクとはまさに「金利変動によって変動する資産負債差額(イコール資本)のぶれ方」がリスクとなるわけです。ここまで書いたら賢明なる皆様にはすでにお判りでしょうが、金利商品の塊である保険負債を抱える生命保険会社にとって(特に貯蓄性商品の多いところはそうです)、金利商品以外での運用自体が「ミスマッチ」のリスクを抱えることになるわけです。セオリーとして金利商品以外の資産運用が今後は主体ではなくなることは理解されると思います。

ただ、早合点してもらっては困るのは、そのリスクは絶対にとってはいけないリスクというものではありません。そのミスマッチを認識しつつ、政策上(株保有が営業に与える好影響とか)あるいは分散上のメリットを享受するためとか(当面は負債の時価会計は施行されないので、資産サイドの安定した運用が必要)さまざまな理由で持ち続けることも可能です。株式の想定リターンを高く見積もっていれば、収益性の観点から持つということもありでしょう。

最初のテーマに戻ります。今回日経新聞に書かれた保険会社(とくに生命保険)の資本調達は、確かに規制が厳しくなるからという面も全くないとは言いません。しかし、どちらかというと長い目で見た収益の先細りをすでにリスクとしてとらえている保険会社が、むしろ積極的にリスクをとりに行くために資本を厚くしている、という見方もできます。これは今後の企業行動でおのずから明らかになるでしょう。今後、利益の大きな保障性商品というのはもうそれほど売れません。加入率が極めて高い日本でなおかつ少子高齢化でデフレ環境で、という背景で多くの家計でむしろ保証額の見直しが行われているのが実情です。結局解約や減額といった形で伝統的生保の保障性商品は伸び悩んでいて、新たな成長分野を模索するしかない状況に追い込まれています。新たな商品の開発や顧客層の開拓に躍起になっているはずです。そのなかで、やはりどの分野でリスクをとるのか、という経営的な見極めが極めて重要です。保険商品を会社にとってもう少しリスキーな(つまり契約者にとってメリットの大きい)ものにするのか、これまで入れなかった年齢や病気などに客層を広げるのか、そういう話が多くなってきていると思います。とくに営業職員体制をとっている会社においては、訪問販売のきっかけをつかむことによる波及効果も期待できるわけですから、商品ラインごとのリスク管理だけではなく、商品相互間の連携を見たトータルでの考慮も必要になってきます。先ほどの大手生保のように、余裕さえあればあえて営業のために株のリスクをとるということもありうるわけです。

結局のところ、これからの時代のリスク管理は、従来のような損失防止だけではなく、どの分野でリスクをとっていくかといった「リスク選好」をベースにしたきわめて経営判断に近いものとなるでしょう。経営として取るリスクを決め、そのうえでそれに必要な資本を用意する、というのがある意味順序としても正しいのであって、記事のように規制だけが理由だと考えるとやや皮相的に過ぎてしまうような気がします。但し、これはワタクシの判断ですが、おそらく多くの会社にとって運用で大きなリスクをとることはない、と考えられます。運用のリスクはコントロールが難しい。とりわけアセットクラスのミスマッチがあった場合はです。90年代末から2000年代初頭にかけての生保の破たんの多くはALMの失敗ですが、資産負債構造におけるアセットクラスのミスマッチのコントロールはまさにALMの世界であり、日本の生命保険会社の負債構造からもたらされる制約(円の長期固定負債で顧客の解約オプションがついている)をかんがみれば、おのずからその投資行動や経営行動も見えてくるのではないでしょうか?

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