厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS スチュワードシップコードと社会的責任投資と受託者責任との関係

<<   作成日時 : 2014/05/19 09:45   >>

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大和総研の鈴木主任研究員がタイムリーに書いておられる
http://www.dir.co.jp/research/report/capital-mkt/20140425_008475.pdf
ので、基本的な論点はかなりかぶってしまうけれど、自分なりに整理してみたい。

スチュワードシップコードについては以前説明したのでそちらをご覧いただくとして、社会的責任投資と受託者責任について簡単に補足しておきたい(プロの方には余計な説明で済みません)。

まず社会的責任投資(Socially Responsible Investment 以下SRI)であるが、一言でいえば企業と社会の相互交流関係を通じた企業の持続的な成功をイメージし、財務面に加えCSR(Corporate Social Responsibility)の視点からの評価も加えて投資する手法である。さまざまなアプローチがあるがたとえば社会に害悪を与えるプロダクト(タバコ、兵器など)の企業を投資対象から外す、逆に積極的に環境に貢献している企業にオーバーウェイとするなどがありうる。実際のところは「個別企業」のピックアップとなるが、建前上は多くのファンドではいまだにTOPIXをベンチマークとするいわゆるベンチマーク運用(ベンチマーク対比でのアウトパフォーマンスで評価)として行っているようだ。この辺の問題点も後で述べる。

受託者責任とは、もともと米国において企業年金において集中投資や受益者の利害と異なる基準での投資が目立ったため、受託者(年金基金、およびその運用者)はそうした弊害を排除するような投資を行わなければならないというものであり、米国ではこれを定めたELISA法が有名である。日本ではそのような一般的な法はないが、民法の一般的な善管注意義務の類推のほか厚生年金保険法などの個別法令で基金の理事や事業主あるいは運用受託機関などに「忠実義務」「注意義務」が定められている。具体的には「忠実義務」とは「もっぱら加入者および受益者の利益のために職務を遂行する義務」であり、「注意義務」とはいわゆるプルーデントマン・ルールとして日本の善良なる管理者の注意義務とほぼ同一と考えられるが、「その職責と状況に応じて賢明な人(プルーデントマン)としての注意を払う義務」と解される。

まずSRIと受託者責任との関係という論点であるが、これはかなり前からSRIが受託者責任の観点から年金は採用しがたいのではないか、と言われていた。というのも、SRIでは財務評価以外の視点で銘柄選択を行うことになるので、利益を最大化するという目的とは言いづらく、その意味で忠実義務に反する、あるいは、有効な分散効果が一義的に発揮できない可能性もあり、その意味で注意義務に反するといわれていたからである。

しかし、最近の論調というかもはや通説といっても過言ではないと思うが、一定の条件を満たす限りSRIを採用することは年金基金の受託者責任に背くものではない、との見方が主流である。この一定の条件とは
・「忠実義務」との関係ではSRI運用の目指す「社会的責任」の達成が「付随的」であること。すなわち、主目的が受託者の資産の最大化である限り、SRIという要素が含まれていても忠実義務違反とはならないというものである。実を言えば最近の傾向として環境やガバナンスなどの観点で社会的責任を果たそうとしている企業が長期的に安定して成長し投資家に利益をもたらすのではないか、という見方も強い。結局のところ、資産の最大化が主目的であると言い切れるためには、「実績」がものをいうのだと考えられる。ある程度トラックレコードのあるSRIファンドでたとえばTOPIXをアウトパフォームし続けるのであれば、これは十分に成り立つ議論である。
・「注意義務」との関係では、上記の議論とも関連するが、SRIという視点でポートフォリオを組んだ結果リスクとリターンの関係が通常の投資と「競合的」なレベルである限りにおいては、注意義務違反とならないというものである。言い換えると十分な分散効果を持ちつつリターンが犠牲になっていないような実績が示されていれば、問題とならないと思われる。法令および「受託者責任ガイドライン」が前提としているのは、個々の資産のリスクとリターン特性を把握しつつそれらを組み合わせて分散投資を行う義務、であり、それはSRIでも十分可能である。

SRIに年金基金が投資することは、一定の条件のもとでは基金理事や事業主の受託者責任に反しないということだが、それではその一定の条件は満たされているのであろうか?モーニングスターがかなり前にSRIの指数を作り発表している(MS150)。これを見る限りにおいては、SRIは中期的にかなりTOPIXをアウトパフォームしており直近の6か月間においても上回っているように思える(2013.10末―2014.4末TOPIX▲3.49%、MS150▲2.83%)。それ以外に実際に運用しているところにおいても聞く限りTOPIXを恒常的にアウトパフォームしているところがあるようだ。
結局のところ、SRIのパフォーマンスはこれまでのところむしろ良いということで、受益者の利益にかなっている。さらにいえば社会的責任を果たそうとする企業のほうがパフォーマンスが良いということが経験的に示されてきているということならば、受託者責任の議論はもはや過去のものといえるのではないだろうか。

日本では、アベノミクス第三の矢として日本版スチュワードシップコードの採択が機関投資家に半ば強制されるような形となっている。要するに機関投資家としての利益を守るために企業に対してどのように働きかけていくか、ということなのだが、本家のイギリスではまさに「受託者責任」を果たすためのスチュワードシップであるのに対し、日本の場合(受託者責任の視点は残るにしても)成長戦略のための道具として用いられているという点が大きな違いである。
この中で「エンゲージメント」という表現が目を引く。実はエンゲージメントというのはSRIにおいても一つの重要なファクターとなりうる。SRIを実施する運用会社などが実際に企業との対話などを通じてそのような方向性を探るというやり方もありうるからだ。実際、国連の責任投資原則では、問題ある企業の除外や優れた企業の採用というアプローチではなく、エンゲージメント(株式保有者による企業行動への関与=たとえば議決権行使を通じて、あるいは直接対話を通じて)政策を用いることを提唱しているのである。ただ、もともとエンゲージメントの推奨は大手機関投資家にとって問題企業の売却だけでは十分な受託者責任が果たせない(ポートフォリオ特性が崩れる?)といった理由もあったようで、であれば、現在の多数説に従えばもはや問題は少ない(エンゲージメントにこだわる必要はない)ということになりそうだ。逆にSRIと受託者責任との関係において、年金などがその受け入れを促進するためにパフォーマンスへのこだわりが強調されるのであれば、エンゲージメントにこだわり続けることが本当にいいのか(問題企業は売り払ったほうが結果がいいのではないか)という疑問が生まれてくるだろう。

今回、日本の政府が「成長戦略の一環として」ではあるが、スチュワードシップコードの採択を機関投資家などに迫り、そのなかでエンゲージメントを強調していることは、SRIにかかわる論点と似た状況をもたらしているように思える。機関投資家はきちんと企業分析を行ったうえで将来の成長性などを定性面も含めて判断し優良な銘柄に投資している。ある程度市場ベータを取りに行くという意味でパッシブ投資があるのは仕方ないが、まさにスチュワードシップコードの目指すものは「アルファ」の獲得、いやもしかしたらそれを超えた「絶対収益」の獲得なのかもしれない。株式市場を通じて成長戦略の一部を実現させようとするなら、エンゲージメントなどという悠長なことではなく、積極的なポートフォリオの組み替えによる「特色ある」投資が必要である。

おそらく多くの機関投資家はパッシブ運用についてはさすがにスチュワードシップコードに基づくエンゲージメントなどの行動をとらないとは思う。アクティブであっても、こまごました投資ポーションに対しいちいち企業に押しかけて対話を要求するなどということはありえず、実際には保険会社の一般勘定や政策保有株などが積極的対話のメインということになるだろうが、もともと利益相反の問題はあるにせよ、逆にそうだからこそこれまで対話を続けてきた先がほとんどである。

ただ、一連の動きを見ていると、法人税減税+配当課税強化みたいな話も出ているので、大口投資家としては、内部留保はためないで、そして配当などに回さずに企業の成長性を高めてください(設備投資などやってください)という対話をするのが合理的になる。まさにこれが現政権の狙いとしての「成長戦略」なんだろうとは思う。

従来は、受託者責任の一部として十分な分散投資という注意義務が当然視され、それゆえ市場連動型(バッシブも含む)が主流だったわけだが、機関投資家の義務として「成長戦略」を支援するスチュワードシップコードの採択が行われるとすれば、こうした流れに一石を投じる可能性はあるだろう。SRIなどが特に受託者責任と矛盾しないという考えが一般化してくれば、これを機に少しずつ年金基金などにも受け入れられるようになってくるのではないか、と考えるのだがどうだろうか?もちろん、これには運用機関がきちんとしたリサーチを(机上だけではなくまさにスチュワードシップコードなどをうまく利用して)行うこと、そしてその根底に(受益者と運用機関両方における)将来の社会に対する責任感が重要であることはいうまでもない。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久ぶりです。基本これはGPIFの前進組織から20年まえから言われた事ですが。当時は、まーコーポレートガバナンスという言葉が本邦で議論される前からのお話から始まりますハイ。
もともとは、私のネームの元になったカルパースのパクリですが、ハイ
かる
2014/06/17 23:10
政策投資に対して、かつ社会的に見て公的責任を持つ年金ファンドの構成員である方々の意向を無視して、わけのわからん決定過程、えらばらたという何やら投資運用委員会とか、どこの馬の骨ともわからんやつとたかだか運用委託を受けてだけの短期利益とてめえの会社の地位向上しかかんがんやつに、こんなスチュワードなんやらの崇高なお考えとは、間違いなく運用において失敗するでしょうね。あなたがたの嫌いな官僚さん達のほうがだいぶマシだな。
かる
2014/06/17 23:25
でたぶんこういった運用は、たぶらかされているので、こういったコードを出した、もしくはインサーだーでやられて、マスコミ発表前にこれをたぶらかしたたぶん外資系金融会社は、この段階で既にポジションメークを終わって、年金ファンドが買う時に所謂ハメ先に売り抜けて、さらにデリバで大儲け。で、年金ファンドが大損でまた新たな運用提案でだまさるということかな。あらあらまさに我々の年金も同じことを今やろうとしていまーす。みんなPKOっしつるかな自衛隊ではない。プライスキーピングオペレーションの略だよ。
かる
2014/06/17 23:38
では、あなたは年金運用に関して、この基準の元に何を運用目標にしているかですよ、この言葉が馬鹿なマスコミとかは短期利益の追求と同義だと思っている。まールーズベルトゲームではないが、長期的な企業成長におけるゲインが、長期的な負債サイドにマッチしていつつ、JGBの大蔵とBOJのミスマッチ運用の政策的効果か成功するかどうかといった視点で年金運用もかんがえて欲しいな。
かる
2014/06/17 23:56

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