ホワイトカラー・エグゼンプション-年収900万円ですって?

朝日新聞の記事から発見した。厚生省案では年収900万円を足きりとしてそれより以上の年収階層でのみこの制度の導入を目指すらしい。段階的導入としての第一歩ということならわかるが、一般論として900万円(75000ドル)という最低ラインは高すぎると思う。この結果結論として厚生労働省の推計ではエグゼンプトされる人は20万人つまり全労働者の0.4%にしかならない(ただしどんぶり勘定という批判があるらしい=新聞記事による)。これでは確かに制度導入のメリットはない。

この区切りかたは年収900万円までは「必ず」労働を時間単位で計るという事を意味する。実態は既にそうではない。管理職の肩書きをもらっている人でもこれ以下の人はいるはずだが、おそらくその肩書きゆえに残業代は支払われていないし就業規則なども適用されていないケースがあると思う。900万円という足きりレベルはアメリカ(多分3万ドル台だったと記憶する)よりもはるかに高い水準である。実態から見ればむしろ労働者側に有利な制度変更になってしまう可能性がある。これに反対する労働者側は、一言で言えば「年収900万円を超えていても単純に労働を時間で測らなければならないような職業についている人がイッパイいる」ということを追認しているわけである。

私の意見としては、そのような事が日本の競争力という観点では大きなマイナスになっていると思う。年収900万円以上なら、企業も本人も仕事の内容がより創造的かつ生産的なものであるよう配慮すべきで、いつまでもそういう人材を時間単位の労働力に押し込めるべきではない。そもそもこの議論は「残業代がつくかつかないか」という矮小な議論に押し込めるべきではない(メディア側はわかりやすさを重視するのでこういう風にしてしまいがちだが)。本来は日本経済の生産性を挙げるためにどちらが望ましいか、ということである。残業代がなくなり、労働環境の柔軟な設計が可能になれば、会社も個人も工夫の余地が増えるだろう。私は明らかに制度導入が望ましいと考えている。いまより労働が軽くなるとは限らずむしろ労働強化につながる可能性はある。しかし、少子化で労働市場がタイトになっている現在こそ、双方にとって導入のチャンスだとおもう。いまなら「有能な人材」は引く手あまたである。マトモに金を払ってくれない企業を去って他に移ることができる。そのためのスキルを身につけるために若い時は「時間を忘れて」仕事に明け暮れる。それで良いのだと思う。

米国の例にならって、年収が一定(たとえば800万円)以上の人は「つねに」エグゼンプトされる、年収が一定(たとえば400万円)以下の人は「つねに」エグゼンプトされない、そしてその中間の人は労働の内容によってどちらかに区別される、というあたりが正しいと思う。この辺りがきちんと守られているかどうかを、監督局が抜き打ち検査して、やっていない所を「血祭り」にあげればすむことだ。

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