GPIFの貸株中止の含意



先日、これに関して結構微妙だなと書きましたが、結論としてはGPIFという主体の持つ意味からして正当化される可能性があると書きました。
最近のFTに載ったインタビュー記事では、水野CIOの考えがさらに明確になっています。
https://www.ft.com/content/e71a387a-1c5c-11ea-97df-cc63de1d73f4

まず、貸株のフィーをギブアップすることによる受託者責任との関係ですが、短期的なフィー収入を捨てても長期的成長を促進するエンゲージメント活動などを通じてより大きなメリットを(おそらく単一の運用主体という枠を超えて)実現していくことのメリットのほうが大きく、そちらのほうが真の受託者責任であるというお考えだろうと思います。これはまあとりわけGPIFという主体の置かれている立場ということを重ね合わせれば納得できることで、ワタクシもそのように前に書いたつもりです。

もう一つは、インタビュアーが貸株による追加の収益の一部が極めて低コストで受託しているパッシブマネージャーへの一種の飴玉として機能していたことについて聞いたとき、CIOがはっきりと、「今回の決定によってお怒りになるそういうマネージャーも出てくるだろうが」と断りつつ、そもそもパッシブマネージャーに求めるものが従来のトラッキングエラーの極小化とフィーの安さという基準からは今後変えていかなければならない可能性があることを示唆していることです。さらに、GPIFとしてエンゲージメントを実施すべき相手として株価指数などを作っている会社そのものをあげています。ESGに関してGPIFが新たに指数での募集を行ったことはよく知られています(結果としてESGや女性活躍度を基準としたスマートベータ的な指数を新たに作った)がおそらくそういう新たな指数の作り方について積極的に働きかけることで、GPIFにおけるαの創出をこえた、社会全体におけるβの創出を狙っているということが明らかです。結果として成功しているかどうかはともかくとして、運用業界における考え方に対する一つの大きな転換を試みていることは間違いないと思います。

ワタクシも保険会社で運用をやっていた時には、株のレンディングについては強く反対していました。わざわざ空売りされかもしれない材料を提供して、自らのポートフォリオの時価を危殆化させることは自己矛盾であるというのがワタクシの考え方で、水野CIOとは微妙に理由は異なりますが、最終的に受益者のためにならないという点では一致していると思います。(その意味では、やはり我々の考え方にようやく時代が追いついてきたとも言えますが(笑))もちろん、受益者が異なるという意味では、すべて空売りを否定するものではありませんが。

そういう思想を前面に押し出してきた場合、TOPIXなど従来型の指数をベースとするパッシブ運用の存在意義はかなり薄れてくる。機械的に市場上場というだけのスクリーニングで時価加重で選ばれた「市場全体」のパッシブにお金を入れることが、逆に中長期的な社会における付加価値の増大に妨げになるという考え方が多少なりともあるように思えます。この考えは前からワタクシが時価加重ベースの指数に対するパッシブ運用に対して批判的に繰り返し述べてきたことと根っこはおなじところにあります。今回の貸株中止決定にまつわる考え方を敷衍すると、そういう方向が見えてきそうな気がします。

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