学生時代の思い出



ワタクシが学生時代、実は結構「パチンコ」にはまっていた時があった。当時はほかにもゲーセンとかもあったが、やはり運とある程度の技術でお金を増やすことができたパチンコは、ワタクシにとっては娯楽でもありまたバイトの代わりでもあった。当時は今と違って手ではじく機械が主流であり、要するに釘のセッティングとばねのセッティングによって出る台とそうでない台とが割とはっきりと分かれていた。言い換えると、それを見抜くことができれば、ある程度は回収できるということだ。まあトータルではかなり負けたと思うが、それでも時折大きく勝ったりした。

今でもそうだが、パチンコは3店方式、つまりパチンコ屋と景品交換所とその景品を仲買する景品問屋とがうまく組み合わさっており刑法の賭博罪に当たらないという解釈となっている。パチンコで勝った客は、その球をお店で景品に代えてその景品を近所にある景品交換所でお金に変えてもらう方式である。ワタクシの通っていたところはその辺にその一軒しかなく、交換所はどう考えてもそのお店専属の交換所であり、両者は完全に一体化しているのは明白であったが、お店はお客から聞かれても交換所の場所を店員が教えないとか、なんとなく別であるという体裁をとって頑張っていた。

当時の景品はいろいろなものがあったがそこではなぜか「ボールペン」というのがお金と交換対象の景品だった。ある冬の寒い日、パチンコで大きく勝ったあと、ふとある考えを思いついた。仕送りとバイトでカツカツの生活をしていたワタクシにとって、これは一種のたくわえである。この「ボールペン」を引き出しにしまっておき、お金が無くなったときに監禁したら、一種の保険みたいになるのではないか、という考えが頭をよぎった。そして実際数十本のボールペンを引き出しに保管していた。

そして、冬の間は雪も降るし出るのもおっくうになり、しばらくパチンコ屋から足が遠のいていた。数か月後久しぶりにパチンコをうちに行ったら、その店は突然閉店していた。周りにパチンコ屋もないため、当然のごとく景品交換所はなくなっていた。当時その地域では景品は地域共通のものではなく、そのパチンコ屋が独自に設定していたので、他店の交換所ははなからむりそうだった。結局、要するに一種の貸し倒れ状態となったのである。貴重な数万円が回収できなくなってしまった。学生としてはとても悔しい思いをしたのを覚えている。

最近の仮想通貨の話題を耳にするたび、なぜかあまり脈絡なくこの昔のエピソードを思い出す。もちろんボールペンと仮想通貨は全く違うし、そもそもボールペンは交換価格が固定されているが仮想通貨は値動きするという点でも、全く異なるものである。ただ、一方で、交換所が消えた場合のリスクは割と似ているようにも思える。その意味ではボールペンも仮想通貨の取引単位も同じく「博打のコマ」である。しっかりした胴元が賭場を開帳し続けてくれている限りにおいて、そして、そこに人が集まってくれている限りにおいてそれは価値を持つ。ワタクシがどうも仮想通貨取引になじめないのはどうもそういうところにトラウマがありそうに思える。
(ブロックチェーンの有用性については特に異議はありませんが)。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス ナイス

この記事へのコメント