生保に迫る「2025年の崖」


7月21日の日経新聞での記事です。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB163DP0W1A710C2000000/

そういえばワタクシも10年ほど前にエントリーあげていました。
https://ensaigaisai.at.webry.info/201104/article_2.html
当時議論され始めた「経済価値ベースのソルベンシー・マージン規制」が2025年に導入されることになったことに関する生保会社の状況についての解説です。

日経の記事にいちゃもんをつけたいわけじゃありませんが、資本規制の制度が変わるので大変だという全体の趣旨はとてもわかりやすいのですが、ちょっと微妙にポイントがずれているな、と感じました。やはり最大の違和感は、見出しの後のまとめの部分ではソルベンシー・マージン規制が「資本規制」であるとちゃんと認識しているにもかかわらず、資産負債サイドのいわばデュレーションギャップにだけ注目して、保険会社側の資本サイドでの対応の様子が全く書かれていないことかな、と思います。ここ数年のあいだ、生命保険会社(特に相互会社)は劣後債や基金などの調達をガンガンやってきたわけですが、当然時間をかけて備えてきたということなのです。資本規制の問題なので、やはりその大本の資本の部の話が華麗にスル―されているのはややバランスが悪いかなと。もちろん、ギャップが残っている以上多少は長い債券への需要は強く残るでしょうが、そこだけをソルベンシー規制との関係で強調しすぎるのはちょっとミスリードになりそうな感じです。

保険会社におけるソルベンシー・マージンとは文字通り支払い余力であり、通常の企業が債権者などへの最後の手当てとして確保している「自己資本」の厚さに相当するものです。それこそ何十年も前は「含み益経営」とか言われた時代があって、ともかくどこの会社も戦後の株式市場の活況や土地ブームにのるかたちで隠れた内部留保である資産の含み益がふんだんにあった。現在はそういうもののほとんどは「その他保有目的有価証券」の評価差額として毎年資本直入によって自己資本にカウントされており、白日の下にさらされていますが、それはともかく、昔はあまり外部からの資本調達など気にする生保はなかったと思います。ところが、バブルの崩壊による中堅生保の破たんが続き、その反省を受ける形でALMの重要性が認識され、欧州発での経済価値ベースのソルベンシー・マージン規制の導入が議論され始めた。要するにもとはといえば生保会社(特に当初外部調達が困難だと考えられた相互会社)の資本政策の議論に帰着するわけですよ。であれば、もっとも直截的なソリューションは資本調達による資本の部の積み増しなわけでして、実際それをあちこちでやったわけです。経済価値ベースのソルベンシー・マージン規制が生保にとってほれ、たいへんでしょう、っていう記事を書くなら、まずその資本の部の蓄積について語ってほしいなぁと。見出しの後のまとめの後半で書かれている「最悪の場合、保障期間の長い生保商品を販売できなくなる恐れもある。」なんてのは経済価値ベースのソルベンシー・マージン規制と直接関係のない話で、それを言うならもっとヤバいのはまだ一部の会社が競争政策上販売している一般勘定の団体年金(利回りの最低保証がそこそこあるが、運用は通常の市場運用です)とかであって、それでもそうしたリスクも含めた資本との兼ね合いでの各社の営業政策なり商品政策の問題であって、「年限差」が縮まらなければ売れなくなるという単純なものではないと思います(そもそも「年限差」って言葉もあまり聞かないけれど)。これも「資本」をきちんと議論出来ていないことから生まれる直観的な決めつけと見えてしまいます。

とはいえ、もちろん保険会社にとって大きな変更であることは違いないわけですが、私の10年前のエントリーでも書いているぐらい、ずっと前からかなり綿密に様々な論点をつぶしています。そして確かにその後ゼロ金利政策が導入されて議論はますますややこしくなりましたが、しょせんは仮定の話というか見積もりの話なので、皆さんが納得できる前提をどう作るかの議論です、突き詰めればね。てーへんだーってのはまあ確かなんですけれど、実際は様々な見積もりによる前提が多くなるのでやってみないとわからない。一応それなりの準備は資本の部の蓄積も含めてきちんとやっていて、まあデュレーションギャップが気になるところは気になる、ぐらいでしょうか。

あと、小姑チックに細かいツッコミをさせていただくと、まず本文中の『導入時期になぞらえて「2025年の崖」と呼ばれる新規制』という表現、実はあまり聞いたことがありません。なぜなら、すでに書いたように、長期にわたって着実に準備をしてきていることであり、「崖」というものでもないからです。ほとんどの会社は現行規制上のソルベンシーと経済価値ベースのソルベンシーを両方きちんと把握しつつ、ずっとその対応について考えてきたはずです。そもそも2025年の崖などというのは経産省がDXと絡めたシステム的対応の必要性について語ったことではないかと思うのですが、安易にこちらに使うのはどうかと思います。

負債の時価評価の問題はきちんと触れられていると思いますが、時価評価した場合の金利変動リスクについて「例えば円金利が低下した場合、将来の保険金支払いに備えた収益が見込めなくなるため、より多くの備えを求められるようになる。」という記述はちょっとどうかなと。完全に間違っているわけではないですが、金利低下の問題をより直接的に指摘するとしたら「時価ベースの負債(=将来支払い義務を負うキャッシュフローの現在価値)の増加」です。収益の減少というよりはコントロールできない負債の増加が怖いわけです。つまりP/LではなくB/Sの問題の方が大きいと思います。多分ちゃんと認識されていて負債の増加を埋めるだけの収益が生まれない(収益サイドは満期まで持ち切ってしまえば増えることはない)という意味ではリンクしているのですが、やはり業界関係者から見たら、微妙に違和感があるかもしれません。

もう一つ収益とリスクを混同しているかもしれないと思われるのが、レポのところ。明治安田生命が「レポ取引で20年度下期だけで1.3兆円を調達して超長期債の購入資金にした」とあります。レポとは、この記事にある明治安田生命の方の言葉からたぶん貸付有価証券のことを指しているのだと思います。しかし、一般に貸付有価証券は単純な「品貸料」による収益のかさ上げが目的であって、入手した現金担保を用いて超長期債に投資していわばレバレッジをかけた投資を行うことは、結果として一定期間そうなっていることがあったとしてもそれは主目的ではないでしょう。だから、この記事を書いた方の書き方とここで引用されている明治安田生命の方のコメントとが微妙にかみ合ってないのです。

色々書きましたが、まあこういう記事が出るようになってきたことはようやく生保の経営に関する理解が進んできたことのあらわれだと思います。昔のようにとってもナイーブな感じで、やれ生命保険はもうけ過ぎだとか(まあみる視点に因ることは認めますが)、金利リスクをとりすぎていて金利が上がると大変なことになるとかいう「誤解」が跋扈することもなくなりつつあります。この記事などをきっかけに地道な理解が更に深まることを期待したいと思います。

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