「ESG礼賛は根拠薄弱」?


10日付日経ヴェリタス上での植田和夫先生(共立女子大学教授・東京大学金融教育研究センター長、元日銀政策委員)の同タイトルの意見を拝見し、なるほどとうなずける面もある一面、やはり若干実態を踏まえておられない部分もあると思うので、私からもコメントしてみたい。

全体の論旨は、現在の温暖化問題は確かに政策の失敗といえるものだが、それはESG投資によって解決すべき問題ではなく、目的を果たすためにほかに有効な経済政策(炭素税など)もあり、何より資本市場は参加者の利己的な行動を社会全体の利益のために組織化するための優れた制度なので、そっちの機能をまずは重視すべきではないか、といったものである。

最初に感じたのは、植田先生が事例として挙げているのはもっぱら環境問題であるということである。確かに環境問題をESG投資によるアプローチで解決しようとするのはやや無謀である点は賛成したい。最近はPRIに関係した様々な団体が林立し、それぞれのやり方で環境問題への投資資金からのアプローチを主張しているが、もちろんそういう問題があることに異議はないものの、ESG投資というアプローチがダイレクトに有効かどうか、そして企業における環境への取り組みを考慮して投資先を選ぶことがリターンにつながるというエビデンスは少なく、その意味でもESG投資を環境問題への解決の道とするのは間違いである。そう、間違いなので、多くの投資会社はそのようなアプローチはとっていない。後でも述べるが、ESGはE(環境)問題だけを評価しているわけではない。特に新型コロナ以降の経済状況で、企業と雇用の問題、従業員の安全配慮の問題などが一層クローズアップされるなどS(社会)の部分も重要性を増している。このSについてもさらに最もリターンに影響しやすいG(ガバナンス)についてもほとんど触れることなくESG投資への批判を展開するのはちょっと荒っぽくないだろうか?運用会社はどちらかというと一般的なESG投資においてはEよりもGなどのほうがボードの構成や不祥事発生などへの取り組みといった点で、エンゲージメントなどを通じてより株価と連動しやすいアプローチが可能であり実際にそうしている。そうした議論が一切この論考には見られないのが残念である。

次に、先生が二つにわけたESG投資のうちの一つ目「ESG問題に対する強い思い入れから、投資の金銭的リターンを度外視しても、温暖化ガス排出量が多い企業への投資は避けるというアプローチ」については、今はそうした運用があるとしたら最終的な資金の出し手は環境活動に極めて熱心なところだけだろう。極めて限られた投資のエリアとして一般化すべきではないと思う。そして、先生もきちんと書いておられるように、こうしたやり方(のESG投資)を委託者の許可を得ずに理念先行で進めるとすれば受託者責任を果たしていないことになるだろう。そう、その通りである。だから今このような投資はメインストリームではない。先生が批判的に書いておられるような「ESG投信の運用担当者は、無理してリターンを稼ぐ必要がないので、安易なESG投資によって高い手数料を稼ぐことができる」というような運用会社にとって夢のような話は、とても残念なことにあまり現実には起きていないのである。先生の立論は、少なくともプロの投資家や年金の間では現実にはまれな事象について批判している感が強い。

ついでに細かい話をすれば、受託者責任に関して「この点は米国で長年大きな論点となっており、トランプ政権は(その意図はたぶんに政治的なものだったと推察されるが)、最近、エリサ法に関連して、年金運用における金銭的リターン以外の要素の考慮に対する規制を強めた」と書かれているが、先生も書かれているようにトランプ大統領辞任間際に突然出てきた行為した話はまさに政治的色彩を帯びていると解釈されていて、そもそもこれを取り上げるなら2015年に解釈通達で年金運用におけるESG要素の考慮について緩和したこと(それの反動として今回の規制強化がある)も触れておかれないと片手落ちだろう。

実際に現実のESG投資として多いアプローチは先生が二つ目の種類として挙げた「ESGへの注目によって儲けようという考え方」であろう。これもまあ厳密に言えばちょっと分類の仕方としてはお粗末だと思うのだ。結果的には世の中で起こっていることは先生の言う通り「注目によって儲かる」ことであるから、間違ってはいないけれど、本来は長期的にみてE、S、Gでの好ましい取り組みを行う企業は様々な点で外部からの評価が高まること、あるいはリスクに対する下方硬直性が出てくることなどを理由にリスクリターンの改善につながると考えるからである。で、おっしゃる通り「現在どれくらい温暖化ガスを発生させているか等の単純なものではない」のである。そしてそれから先の「多くの人に見えている情報」以上の将来における企業業績への反映可能性(マテリアリティと呼びます)をインタビューや質問を通じてきちんと一つ一つ丁寧に解きほぐしていくのが真っ当なESG投資のやり方なのである。まさに「外部効果」をどう収益に結びつけていくのか納得感のある説明をアナリストたちが企業に求めていく、そのために丁寧な取材をするというのがESGの本当のだいご味なのである。おそらくそういった実務をあまりご存知ないので、このようなざっくりとした切り捨て方をされているのだろうと思うが、ぜひ一度まともなESG運用会社にいろいろ聞いて見られたらいいと思う。

タイトルのESG礼賛論、というのもちょっと気になる。いったい誰が「礼賛」しているのだろう?運用の現場としては、たぶん多くの運用会社がそうであると思うが、ESG運用をやる以上通常のユニバースにおけるベンチマークに勝たなければならないという必死の使命感でやっていると思う。少なくとも運用の現場においては「礼賛」はなく、バトルがあるのみである。礼賛しているとしたらメディアや一部の環境活動家や政治的色彩のある意見だけだ。先生もおそらく賛同していただけると思うのだが、運用は、特に年金運用は、きれいごとではない。少なくともこの業界の人々はだれも「礼賛」などしている暇はなく、必死でαの創出と発見に努めているだけだ。

ワタクシとしては、全体的に植田先生の批判は、賛同できる部分もあるものの、ややESG投資についての理解不足に基づく部分があると考えている。

ただ、最近ちょっと気になるのは、一部の個人向けファンドなどで、ベンチマークを明示しないESGファンドと称するファンドが登場していることだ。昨年巨額の資金を集めたグローバルESGファンドが登場し話題になった。まもなく9000億円規模になろうかというファンドに成長しており、未来の世界の希望を感じさせるようなファンドとなっているが、同じシリーズでESGの名前を冠していないグローバル株式ファンドがあり、上位10銘柄の内容は7割ぐらいは一緒になっている。まあ一言で言えばどちらも米国中心の成長株ファンドであり、両者のリターンもそれほど大きく異ならない。もちろん長期にわたってみなければならないのだが、やはりESGというのは結果を見せるのが困難であることは間違いない。もちろんESG的な評価の高い企業が通常の財務的にリターンの期待できる企業と完全に異なるわけもないのでかぶるのは仕方ないとしても、ESGを謳う以上は、たとえば市場の指数と比べていいとか悪いとかを数字で示し続け、ESGを考慮したことが結果的なαにつながっていることを地道に示す努力は必要だろうと思う。それをやっていないファンドはやはりESGを謳ってはならないし、まさにここでの植田先生の批判(「ESG投信の運用担当者は無理してリターンを稼ぐ必要がないので、安易なESG投資によって高い手数料を稼ぐことができる」)をもろにかぶることになるのではなかろうか。

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