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昨日のNYではついに原油価格がバレルあたり40ドル台で取引された。7月には同じものが140ドルで取引されていた。わずか5ヶ月でこの変化である。もっといえば上昇するときもそれぐらいのマグニチュードだったのだが。 7月と12月、いずれも多くの企業にとっては「年」というひとつの会計期間内の出来事だ。原油を在庫として抱える企業にとって、どの値段で原油を評価するのが本当は正しいのだろうか? 時価主義(一応ここでは取引実績値を期末の決算書(バランスシート、損益計算書)に反映させるという部分に限定する)ならば(一定の場合平均は可能だが)基本的に期末の時価であり、さてこれからどうなりますかねぇみたいな話であるけれど、年度内にこれだけ動いた価格はわずか1ヶ月先でも正確に予想するのは難しい。 同じことは金融商品一般に言えることであり、為替も株価も同じことが起きている。 基本的に時価主義はあくまで平時で経済が上向いている時代の考えであると思う。それはフローが潤沢でマネーがきちんと回っている時代の考えであり、そうでなくなったとき時価はあまり意味を持たない。しかもマネー現象によって時価がこのように乱高下する状況ではある程度の修正が必要だろう。とくに、損益や資本といった企業の存続にかかわる数字を時価で左右させるときに、これまで以上の大きな観点での処理を考えるべきだろうと思う。 人々がなぜ時価(取引実績値)にこだわるかを考えてみた。 1.奇麗事:自分たちがきちんとやっているという自己満足を得たいから。これは意外に多いかも。 これについては、まあ考え方人それぞれ、ということだろう。ワタクシはいい加減なので、あまりこだわらない。ワタクシは自分や多くの人に仕事や食べ物が行き当たるなら、奇麗事は捨てるべきだと思っている。損は損として建てて早めにきったほうがいい、というのは個々の行動様式としては正しいが、市場そのものを巻き込んで崩壊させる可能性にも思いを及ぼす必要がある。そういったことをさせてはならない主体と言うものがある。たとえば、株価があと30%下がると仮定した場合、某大手生保に株を全部売らせるべきか?厚生年金基金は株を全部今処分すべきか?時価主義による損失計上はそういうことを強制する働きがある。 2.企業の選別や制度の維持のため必要:辛いときほどきちんとしなければ将来世の中がぐちゃぐちゃになってしまうし本当に強い企業が生まれない、ということだろうか。 制度や競争のインセンティブを適切に維持しなければ、人間は堕落すると言うのは一面の真実だが、それも時代によりけりだと思う。適切な例ではないかもしれないけれど、犯罪人が死刑になるかどうかは、機械が判定するのではなく常に人間が判断する。もちろん一定の要素はあるけれど、基本的に重要なのは定性的に「ひどさ」とか「更正可能性」と言うポイントだ。裁判官は社会からのフィードバック(時価)は考慮するとしても、それとは独立に判定しなければならないのである。企業で言えば本当に今のまま維持させるべきか、ということである。時価主義とはまさに裁判が成立せず集団リンチをやっている状態である。世間がまっとうな判断を下せるときはいい。ところが、パニックになった群集の恐ろしさはあらゆるところで証明されている。その真っ只中へ多くの企業をぶち込むのが本当にこの時代正しいことなのだろうか? 3.市場の透明性:これは一見もっともだ。企業の損益やバランスシートが今の状況をきちんと反映しているべきだと言うのは一理ある。ただ、それは実は背景がある。いわゆる株主本位制やM&Aが華やかなころ、すなわち投資銀行業務が世の中で大きな位置を占めていたころは、広義の資本の値つけ方法こそきわめて重要であり、その前提として時価は大きな意味を持っていた。つまり「今現在の企業価値」こそスピーディーな取引のため(いやらしい言い方をすれば投資銀行家が取引回転数を増やして手数料を稼ぐため)重要であり、だからこそ投資銀行はあれほどまで大量のアナリストやストラテジストを高いお金で雇っていられる。つまりそこにあった関心は企業一単位あたりの現在価値である。 もちろん、将来フローはこれまでも要素としてきわめて重要であったけれど、相対的に今ある資産負債の重みが時代の要請を受けて増していたことは否めないだろう。そして右肩上がりの市場のもとでは、資産価値が増えることでM&Aがやりやすくなっていたため、ホリエモンのような人々が登場したことは記憶に新しい。そういうBS評価作業を簡便化するのが「時価=取引実績値」である。 ところで、この時代、企業の価値とか存在意義をもう一度考え直す時期に来ているように思える。つまりこれまで資本市場からの視点で企業は金銭的価値に換算され、それゆえそれを容易に可能とする時価主義が主流となったわけだが、継続企業と言う考え方はそれ以上に重要だと思う。企業と言うのはりんごやみかんと違って有機的に結合している社会の構成要素である。社会の永続的発展をねがうなら、資産価格よりもそのフローの確実性みたいなところにもっと重点を置くべきである。そしてそうさせるために余計なバイアスとなる時価評価はあまり厳格に行うべきではない。 誤解の無いように言っておくと、ワタクシは取引実績値としての時価が無意味だと言うのではない。依然として重要な情報だし、企業を取引相手先としてみる立場からは当然必要な情報だと思っている。ただ、それをベースに「資本」や「損益」を計算させることの意味はもはや薄れてきたのではないか、という問いかけである。そういうデータはディスクローズは依然としてさせるべきだし、取引相手先がそれを元にどういう判断するかは各自自由である。ただ、一定のルールを定めて、取引実績値をベースにした時価を基準に資本や損益を計算させ、こういう状況だから資本不足ですね、赤字ですね、はいダメおしまい、という判定を公的に行ってしまうことがきわめてリスクが大きいと言うことを言いたいのである。 実際企業人としての立場からは、次のような弊害が感じられる。 1.時価主義がリスクやボラティリティーを増幅する:本来長期で見なければならないリスクエクスポージャーを短期で取引されている指標ではかる(たとえば企業のリスクをcdsスプレッドで見る)こと、そしてそれによって損益の計上を強制することは、その主体を余計なヘッジ取引に導き、それが集まるといわゆる「合成の誤謬」を巻き起こすのではないか?つまり企業に待つという余裕を与えないことの弊害である。(「回復の可能性」がないなら減損会計で損を建てればいい。ただ、現状は一切の事実を捨象して簿価から50%の下落で強制しているところがほとんどだ。これもある意味時価主義の機械的な面のひとつだ)。 2.決算の予測可能性を著しく損なう:1の結果、企業が防衛的な行動に出ざるを得なくなる。そして、防衛のためCDSのようなわけのわからないヘッジ手段を使う結果、わずかな取引が成立し、もともと流動性のない市場でわけのわからないCDSスプレッドがまた時価として成立する。そうするとそれを参照する商品のビッドが下落する。そして利益が減少する企業が益々防衛的な行動に出る。そういう悪循環が経済をどんどんだめにしていくのである。 3.リスクの取り手が消滅する:こういうことが常に繰り返されると、3ヶ月ごとに決算を迎える企業はリスクが取れない。したがってリスク資産の価格は益々下落する。最終的にはリスクテイカーが出るとしても、それまでの間何度も不安な「四半期決算」が繰り返され、人々のマインドはより悪化する。 4.四半期開示と組み合わさったとき、その負の効用は増幅される:そもそも半年や年単位でしか配当を払わない企業にとって、四半期開示はどういう意味があるのか良くわからない。それは誰の利益にもならない。せいぜいメディアや格付け会社に材料を提供し、余計なリスクを撒き散らすだけで、取引先や最終顧客の利益にはもっともそぐわない。 最近一般に公開企業は四半期開示を義務付けられたが、それも本当によく吟味された必要性だったのか?四半期開示でだれがメリットを受けたのか?証券会社のアナリストや短期売買するひとやヘッジファンドだけではなかったか?一般の年金や長期投資家がどういうメリットを受けたのか?配当は増えたのか?企業価値は上がったのか? ディスクローズの退化は市場にとって大きなマイナスである、というかもしれない。もちろんワタクシもディスクローズまで退化せよとは言わない。ただ、それを損益や資本に反映させるのがどうか、ということだ。ディスクローズがきちんと残れば、それをベースに将来の企業の価値を判断し、投資判断を行えばいい。ただ、強制的な損失計上や資本毀損をつづけさせるべきだ、というなら、いまのまま突き進んで、市場参加者の大半が死滅するまで時価主義を貫けばよい。そのときの市場とは何なのか?少数の生き残りだけで取引されるより閉鎖的な相対に近い市場になっているのではないか? もともと原油価格があまりにも急激な動きをしていることから、思いついたことを書こうとして、ついつい長くなってしまったけれど、時価のもつさまざまな側面をきちんと検討しなおすべきだろうと考えている。まああるいみ哲学的な話になりそうだけれど。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
時価主義が資本主義を崩壊させる
少々大げさなタイトルかもしれませんが、現状をみれば決して大げさな話ではないかと。 ...続きを見る |
道 2008/12/08 17:00 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
仰られる通りだと思います。 |
初心者 2008/12/06 19:33 |
非常に参考になります。 |
監査法人で働いておる人間です。 2008/12/06 23:56 |
資産に上場証券しか保有しない金融機関があるとする。その企業価値は理論的に毎時毎分、証券の合算で計算できる。あなたは、今証券が値下がっていたら半年前の価格で評価して購入するか、逆に値上がりしていたら、今より安値で売るか、それとも半年の平均価格で売るものがいるか。 |
FYI いろいろな状況があるが極端なケー... 2008/12/07 18:44 |
初心者さん、コメントありがとうございます。厳格な時価主義が一部緩和されつつあるのは、こういう状況の下やむをえないですね。 |
厭債害債 2008/12/07 22:42 |
FYIさんどうもです。確かにそういう極端なケースでは時価でしか評価できませんが、通常そういう会社は「投資信託」というのであって、おっしゃるとおり一般的にはきちんと取引実績価格を反映した株価がつくだろうと思います。(ただ、以前ソフトバンクがほとんど買収による持ち株会社化していた時期、市場では買収先企業の株価の合計より高い価格がソフトバンクにつけられていた記憶があります)いずれにしても、投資判断はそれぞれの人に任せればいいと思いますが本エントリーでのポイントは、決算書の損益や資本に反映させるべきかどうかと言うことです。 |
厭債害債 2008/12/07 22:49 |
時価評価が成り立つ為には、空間評価をゼロにしなければ成らないということを忘れているんだよ。 |
kazzt 2008/12/08 00:27 |
時価評価というときに問題となるのは、市場において値段がある商品、証券(FAS157では一部ローン)という意味で(それらを特に保有するのは金融機関)。時価があっても時価評価不要とする場合とはどういう場合か。 |
FYI 2008/12/08 04:19 |
いつも楽しく拝見しています。 |
tatsu 2008/12/08 11:10 |
時価主義に関する精緻なコメント大変参考になります。基本的に何か基準とか規範とかなるものが必要な法曹だの会計だのやっている方々にとって、やはり時価は「神聖にして冒されるべきでない」という発想がおわりかと。彼らにとっては、時価は客観的に正しく一意に「神から」与えられものという前提があるのでしょうか。 |
かるぱーす 2008/12/09 00:19 |
教条的なのは意味がありません。現実への適用ができなければ、何の意味があるか。 |
FYI 2008/12/09 13:07 |
デここまでいってわからないアホに一言。 |
かるぱーす 2008/12/09 21:49 |
投資家の立場から一言。確かに時価会計に問題がないとはいわないが、時価会計を否定する会社は資産が保全される保証を付ける必要があると思います。でもそれって国の関与でもなければ無理なので、やはり時価会計して自らの資産を明確にする必要があると思います。 |
a-kun 2008/12/09 23:02 |
決算を四半期開示するかどうかは株式や債券を公募しているかどうかによると思います。公募している(=資産を自由に売買することを許している)なら、将来の買い手に対して、資産がきちんと存在していることを示してあげないといけないと思います。その意味ではリアルタイムで開示すべきなのですが、さすがにそれは不可能なので四半期に負けているだけです。逆に利害関係者が限られる私募(非上場)ならば、関係者限りでいいのではないでしょうか。 |
a-kun 2008/12/09 23:09 |
おいリアルタイムで時価なんかつくわけネーだろ。 |
かるぱーす 2008/12/09 23:22 |
だから「さすがにそれは不可能」っていってるだろ。四半期ぐらいだったらなんとかしろ、それがいやなら上場なんて不特定多数から金を集めるようなことはやめてスポンサーみつけたら、って言っているんだよ。上場するってそういうことなんだよ。 |
a-kun 2008/12/09 23:37 |
ちょっとコメント欄が荒れ始めたので、一言お願いをします。ここではほかの人への攻撃的な表現はご遠慮いただきたい、と考えておりますので、よろしくご協力のほどお願いいたします。 |
厭債害債 2008/12/10 00:11 |
今日、ある証券会社の人と話しをしていて、最近の破綻事例のひとつに話が及んだのですが、たしかにそこは時価評価では債務超過となっていたのですが、某メガバンクが融資を出してもいいという話があった段階で、会計監査人が不適正意見(あるいは意見不表明?)を出してあえなくダウンだったとか。いかがなものですかねぇ、という話をしておりました。 |
厭債害債 2008/12/10 00:19 |
Aさん害債さn失礼いたしました。ここで問題意識をもってる人たちで殴り合ってもしょうがありません。この議論の中で他の人たちおよびこういったことに対して、全く無批判に受け入れる人たちにわかってもらえればいいのです。 |
かるぱーす 2008/12/10 01:08 |
銀行融資の観点から。いろんなものが担保にされますし、中小企業の親父の技術力とか宗教団体の教祖のカリスマ性とか、金融やの取立て能力とか、って多分0査定ですよね。でもそこに貸し込んでいけるのは、徹底したリサーチ=現場にいって親父と話して信じるは信じないか。所詮経済は信用です。 |
かるぱーす 2008/12/10 01:16 |
時価会計に何か誤解がありませんか。 |
FYI 2008/12/10 08:53 |
FYIさん、どうもです。現在の制度に基づけば、全くおっしゃるとおりなのです。ただ、ワタクシのエントリーは、それでいいのか?という問題意識の表明でして、現行制度でこのような解釈が出来るとか現在そういう議論が進んでいるとかいうレベルの話ではございません。 |
厭債害債 2008/12/10 19:12 |
厭債害債さん、 |
FYI 2008/12/10 19:45 |
証券合算価値が今日1兆円というとき、前期が1.5兆円だからとそれで評価できるか。もしそれだけを取り出せて、不開示で売りつけたら、証券詐欺で訴えの怖れがないか。 |
FYI 2008/12/10 19:46 |
FYIさん、どうもです。繰り返しになりますが、ワタクシは開示の問題と損益ならびに資本計算の問題を分けて考えたいということです。開示は本文でも書きましたように重要であることに異論はないのです。きちんとした開示があれば、評価が出来るでしょう。ただ、つねに瞬間的に切り取られた取引価格で企業の損益や資本を決めることは、あまりに「解散価値」的なアプローチであろうと思います。基本的には債務超過でもファンディングがつけば企業は存続できる。四半期ごとに損益やら資本を整えなければならない企業のプレッシャーが一定方向への雪崩となり市場に異常な負荷をあたえ、それが本来あるべき価値としての時価をゆがめてしまうことが問題だと思います。 |
厭債害債 2008/12/10 20:42 |
厭債害債さん、大変ですね。。。 |
監査法人で働いておる人間です。 2008/12/10 21:32 |
債務超過の場合、社債+借入等=90、資本=10として、毀損が10の範囲であれば、資本をゼロに減資して、資産と負債・資本合計を90であわせることができる。毀損が20のときには、資産は80で、BSの右は全額減資しても90以下にならないから、そこに貸付を10追加すると、当初から8割しか回収できないことを前提に貸出すことを意味します。日々の一時的な値下りのケースを除き、そういう貸付はありえない。そのときは資本を穴埋めすることが優先でしょう。 |
FYI 2008/12/10 22:09 |
私も基本的にはFYIさんに軍配を上げる立場です。金貸しの立場から申し上げれるならば、「ゴーイングコンサーン」と言い立てるのであるなら、それが成立することを証明してください、もしくは債務超過でも貸してくれる気前のいいスポンサーを見つけて公開市場から退出してください、というだけです。どういう風に表記するかは議論の余地があっても、また税法上どうあるべきかという議論があってしかるべきだと思うけど、公開企業であるなら四半期決算ぐらいクリアしてください、と投資家の立場からは考えてしまう訳です。 |
a-kun 2008/12/10 22:29 |
証券時価会計の猶予する原因がどこにあるのか。 |
FYI 2008/12/10 22:33 |
私は基本的には厭債害債さんに軍配を上げる立場です。軍配もなんもないですが。「そもそも論」が記事になったわけですよね。私も、現行制度の根本的欠陥が、今回の金融危機で明らかになったと感じましたので。解決策は思いつきませんが。 |
監査法人で働いておる人間です。 2008/12/10 23:25 |
米大手金融機関は3Qにレベル3資産に大幅に移し変え、時価総額の数倍の$6100億に。売れないし評価できないから信ずるモデルで評価されよという区分。これで4Qは大きな損失を出さなくてすむという。 |
FYI -議論していることが違っている 2008/12/11 17:44 |
FYIさん、おっしゃるとおり時価会計は金融機関が最も直接的な影響が出るのでしょうけれど、それの波及効果で実業の世界にも大きな影響が出ていることは否定できません。 |
厭債害債 2008/12/11 20:28 |
すみません黙っていようと思いましたが、一言時価は確かに公示性のあるところで一意に決まるものですが、基本的にリテールや店頭の世界ではそうはならないのです。相対性の問題もしくは、非対称的な世界においてあまりこういう価値前提の議論をされても根源的な前提が違うと意味はないと思っています。時間的な価値ってある意味相対的なもので、それを認識するもしくは規定する社会規範及びそれを共通規範とするかどうかの問題ではないでしょうか。非常に短期の世界もしくO/Nの世界ではの瞬間的な計測値である、時価(自然科学とは違い、非連続性の中で認知できるかどうかの問題もしくは地理的な差異における修正という作業が必要ですが)が決まる場合はほとんど奇跡に近いことなのか、命がけの飛躍があるのでは。少なくとも年金の世界では30年なので。でも企業会計は年次決算ですよね。やはり非対称性。 |
かるぱーす 2008/12/11 23:27 |
害債さん、会計処理のもたらす弊害的取引は、今に限ったことでなく、非上場債券を買いたがらない生保や直近の巨額クーポン債などで益取りなど、昔からあったことでしょう。 |
FYI 2008/12/11 23:49 |
FY1さんありがとうございます。具体案が見えないごもっともご指摘です。具体案ではないですが、分断化された市場、時間的な差異、空間的差異を一般化する方法があればよいのですが。それがない以上それぞれの評価をよしとするしかないと思います。 |
かるぱーす 2008/12/12 00:01 |
FYIさん、どうもです。全面時価会計は一言で言うと経済システムに与える負荷が大きすぎると言うことだと思います。さらに時価評価自体が人々の行動に与える誘引まで制度設計者が分析し切れていないと言うことだと思っております。ベテラン会計士さんと今日話しておりましたが、海外発時価会計主義によっていかに日本企業が屈辱を味わってきたかを小一時間語ってくれました。 |
厭債害債 2008/12/14 08:28 |
そうです、基本原則だから皆が思うからこそ負荷が大きいのです。平時なら耐えられますが、今のような歴史的有事においては、危機を幾何級数的にあおる結果になりますよね。 |
かるぱーす 2008/12/15 23:55 |
遅ればせながら、非常に興味深く読ませて頂きました。 |
みほのぶるぼん 2008/12/26 16:58 |
SECは12月30日、議会が法律でSECに年内の報告を求めた時価会計に関する調査報告と提言書211頁をだした。「2008年非常事態経済安定化法133条に関する時価会計に関する報告と推奨」 |
FYI 2009/01/01 09:18 |
かるぱーすさんどうもです。会計ルールについては会社法431条(「一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従う」)がある以上、間接的ながら一定の法的拘束力はあると解さざるを得ませんが、まさにその慣行の部分を多少いじる必要に迫られてきている面はあるということだと思います。 |
厭債害債 2009/01/05 12:21 |
7章建て報告書は、2〜3章で公正価値会計の金融機関BSへの影響や金融機関破綻の引き金になったかなど2章を含む。 |
FYI 2009/01/06 09:48 |
FSBは公正価値に関し,EITF99-20-A(証券化のシングルA以下,IO,レジデュアル持分の価値評価で,A\BCP, SIVなどオフバランス・スポンサー持分にも影響)の一時的でない毀損の扱いに関する改正のパブコメを締めた.FAS115は上級格付け証券化を規制するが、16段で償却費用を下回る公正価格の毀損処理基準を設ける。250コメントがあり,WFCは現金担保33%のAAAのCLOで時価22%になったとき、CFが予定通り受領できるとする満期保有目的証券で、損失として毀損会計するのか? |
FYI 2009/01/07 10:45 |
FYIさんどうもです。連続性や企業間比較だけだったら、BS/PLへの反映まで強制する根拠となりづらいのではと思います。極端な話、開示のレベルをきちんして企業の存続はカウンターパーティーが自分で判断すべきですが、BS/PLにあらゆる物を反映させようとすれば、勝手に企業が消えていきますね。 |
厭債害債 2009/01/07 12:08 |
fair value議論の起こりが、HEL_MBSやCDOの評価で、ABXを時価として使いたいとする会計士に対して、市場の存在と価格が疑問なABXであれば代替方法を使う考えが提言され、時価評価議論となる。FAS基準は強制ではないにしろ、SECが後ろ楯となり、証券法の開示統制では法規制で、事実上BS/PLまで入っているとみられませんか。前回ABXを使い、今回から自己モデル評価の不連続性があれば、市場投資家では読み取ることが困難になりうる。証券法上の時価評価は取引相手が保護の対象ではない。 |
FYI 2009/01/07 15:51 |
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