|
派遣労働者が職を失い路頭に迷う姿を見ると心が痛む。一方で人間とはまったくいやらしいもので、まだかろうじて職のある自分の身の幸運に安堵したりしてしまう。 多くのところで語られていることだが、派遣切りの問題は、ここ数年高まっていた資本主義原理主義とでも言うべき流れと切り離しては語れないと思う。派遣労働者をいきなり放り出した企業を責めるだけでは片手落ちだろう。営利企業はもちろん収益を追求する主体である。ただ、80年代ぐらいまでの比較的のんびりした時代では、たっぷり内部留保を蓄え配当は少なめにし、将来の変動に(見方を変えれば無駄にという言われ方もしたわけだが)備えることが許された。持ち合いや機関投資家を中心に物言わぬ株主が多かったからだ。ところが、会社が株主のものであり、株主の(私に言わせれば短期的な)利益のみに奉仕すべきである、という思想が強まった結果起こったことは、年金などを中心としたガバナンス圧力が(外資のコンサル中心の思想の影響で)強まった結果、経営資源をいかに効率的に使っているかを極めて短期的な視点で判断されるようになったことだ。しかも業績のパフォーマンスを測る尺度が短期化し(80年代は年1回だった決算が今は開示を含め4回)、経営者は根拠なきレバレッジで膨らませた資金をつかって参入してくる株主の胃袋を満たすために短期的な成果をあげ続けていかねばならない。当然問題が生じたときに直ちに(つまり四半期以内に)対処できることが株主的には有能な経営者であるわけで、固定費の削減は当然の結果である。製造業で通常固定費の大きな部分を占める人件費の一部を変動費化することはこれも当然の経営判断だ。 まさに、今の路頭に迷う人々の姿は、裸の資本主義の厳しさを示しているわけだが、実はそれをむしろメディアや投資家が株主中心主義とかいう名の下に積極的に推し進めてきたような気がしている。もちろん、それはそれで理屈としては正しいのである。ただ、言いたいのは、そういう思想なら、同じメディアが派遣労働者の悲惨な状況について正義の味方のような振りをしていちいちコメントするな、ということである。むしろ、当然ですよねぇぐらいのコメントをするほうが、思想の一貫性という点では優れているような気がしている。 別に派遣を切った企業が違法なことをしたわけではない。まさに、このような事態にそなえてそういう労働体系にしているわけである。それを求めたのはほかならぬ株主でありメディアであり、もしかしたらちょっと前の世論であったかもしれない、ということを我々は認識しておく必要があるだろう。ちょっと前まで多くの人々が理想としてきたアメリカ型の社会に近づいただけではないのかな?むしろ喜ぶべきじゃないのかな? とはいえ、もはや日本でこれまでの流れの中で「資本主義」を標榜する限り、これはある程度不可逆的なものだろう。全体としての需要が伸びず、デフレで名目成長率も伸びないなかで、企業が収益を確保し続けようとすれば、景気の波に応じた調整をこまめに行うしかない。となると、やはり同じ問題が続くのであり、社会問題がいずれ火を噴く可能性がある。 派遣に頼らない旧式な企業は、がんばって内部留保を厚くして波を乗り切るしかないのだが、そうすると株主と経営との間の利害が一致しなくなる可能性がある。となると、一つの理想形が非公開企業になることである。現実にいくつかの企業がその理想とする経営に外部株主が邪魔になるためMBOなどで非公開化を目指している。もちろん「ガバナンス」が働かない、という意見はあるが、別にきちんとやっている企業がお客との間で良好な関係を保つ限りだれもとやかく言える筋合いはないのである。すべての企業が非公開化すれば、株式市場が消える。 私の言いたかったことは、あまりにも原理主義的な資本主義がその対極の共産主義や極端な社会主義と同じくらい維持不可能な制度だということである。当たり前の結論だが、こういう極端な問題が表面化するとき、制度は調整を迫られる。おそらく、それは両極端の間を景気変動に応じていったりきたりするようなものだと思う。おそらく今は米国がブッシュ時代に極端に振ってしまった振り子を少し戻す時代なのだろう。 実は根っこはワタクシが時価主義の問題点として繰り返し述べてきたことと重なっている。四半期ごとの短期的な収益を制度的に求められる経営者の行動が短期的にならざるを得ないのに、そういうもので動かされる資産市場価格の時価で財務諸表も作らされるから、ちょっとした変動の経済に与える影響が一気に増幅される。今回はこれがおきたのだと思う。時価主義には利害関係者に企業の正確な状況を示すと同時に経営規律を正すという重要なメリットもあるが、後者はともかく、前者は必ずしもうまく機能していないように思える。後者も、(短期で求められる)経営規律の名の下に狭い出口にいっせいに人々が殺到して死屍累々となったのが今回の暴落である。 こういう事態を「当然ですよねぇ」と受け流すのが、これまで株主中心主義をメインに原理主義的な資本主義体制を支持してきた人々のとるべき行動である。ワタクシに言わせれば、バブルの形成増幅もそして100年に一度といわれる一気の崩壊も、そのような思想のもとでは必然としか思えない。ちなみにワタクシはこういう事態を当然のこととして受け入れられないから、ぐちゃぐちゃ言う。そして修正が必要だと思う。 4半期決算などやめるべきだ。やりたければやってもいいが、それなら配当もアメリカのように四半期で払わないと平仄が合わないだろう。短期的利益追求型の制度ならそれはそれで徹底すべきだろう。ただしそんな短期間で通信簿を付けてリターンを回収して、社会が長期的によくなるかどうかわからない。むしろ個人的には理想的には年1回。悪くとも半期ぐらいにしないと過大なボラティリティーは収まらないと考えている。ボラティリティーはリスクであり経営上のリスクプレミアムがコストとなって経済に跳ね返り、非効率を産み、企業がリスク回避的になる。派遣労働者が切られるのがかわいそうというなら、そういうところから経営に余裕を生み出させなければならない。そのほうが社会の長期的な発展に資するのではないか? そして経営者に裁量権をもっと持たせるべきだとも思う。資本主義を標榜する以上難しいだろうが、株主も長い目で見た経済成長にかかわる主体として、経営への介入に一定の自制を求める仕組みが必要になってくるだろう。営利企業は大きくなればなるほど社会とのコミットが大きくなるのである。大きな企業こそきっちりと「安定」をめざした経営戦略がとれるようなガバナンス関係の構築が望まれる。 ここから先はちょっと余談だが、日経新聞で某総務政務官が日比谷の派遣村について「本当にまじめに働こうとしている人たちが公園に集まっているのか」と指摘したという記事を発見した。発言者の真意は、いわゆる「活動家」の政治的仕掛けではないかと疑っているということのようだが、真相はともかく、この時期うかつに言うべき台詞ではない。言うのだったらちゃんとした証拠をつかんで言うべきだろう。撤回されたようだが、当然だろう。個人的にはそういうこともあるかもしれないとちょっとだけ思ったけれどそんなこと仮に思っても確たる証拠もないまま公的な立場の人が口にすべきものではない。 更に余談の余談。政治家や官僚の発言に暴言とも思える失言が多いのは、基本的に社会的訓練が欠如しているからだと思う。多分優秀であればあるほど、社会にもまれる機会は少なく純粋培養のような状態で大学から官僚→政治家、あるいは学者などのキャリアパスで来るから他人から指摘を受ける機会も少なかったのだろうと思う。実際、ある会合の席で某元政府高官の著名人が安倍元首相のことをくそみそにけなしていて、言うに事欠いて「三流大学の出身者」とまで言ったのだけれど、その20人ぐらいの会合で私の隣に座っていた人はまさにその大学出身者だった。そういう可能性をまったく考慮しない人なんだなあと妙に感心した記憶がある。まあ彼にとっては東大以外は大学と認めていないということはよくわかったが、こういう人が多いから失言、暴言が飛び出すのはやはり仕方ないのかもしれない、とちょっとあきらめ気味です。 最後はちょっと余談で失礼。 |
| << 前記事(2009/01/04) | トップへ | 後記事(2009/01/07)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
今の若い人たちは努力が足りないという戯言へのささやかな反論
派遣とかフリーターとかニートとか、非正規雇用や平均収入に絡んだ話で、「今時の若い人たちは努力が足りない」「今時の若い人たちは忍耐を知らない」なんていう戯言をよく耳にします。東洋経済の最新号(2009/1/10)の特集が『未来に希望を描けない! 若者危機』冒頭の... ...続きを見る |
ある日ぼくがいた場所 2009/01/07 01:14 |
年越し派遣村
激しい雇用調整の動きについては、これまでも何度か採り上げました(コレとかコレ)が、年末年始からの動きを受けて、もう一度採り上げてみましょう。 ***♪SHIFT♪ ...続きを見る |
歌は世につれ世は歌につれ・・・みたいな。 2009/01/07 21:53 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
私は経営者という連中が株主以上に信頼を置ける連中だとは思えません。製造業派遣の解禁にしたって経団連とかいう経営者連中がロビーして実現させたもんですよ。その結果が、若年層の購買力の低下。若者が車を買わないとかトヨタは嘆いていますが、誰がその原因を作ったのかしら。 |
しけ 2009/01/06 22:36 |
民主主義である以上は、国民が全てを決するのですからこういった経営体制を構築し、なおかつ法制化も為されたのですから、受け入れなければならない現実だと思います。議員とはいえども、いみじくも国民から選挙された代議士である以上、その発言には何らかの意味があると思います。派遣村の方々には申し訳ありませんが、身近な人たちには同情よりも辛辣な意見が多く、マスコミに同調しているとは言い難い雰囲気があり、ネットでも偽善との意見も目にすることがあります。自明の理の結果をみて慈善を行ったとて、偽善に見えるのも仕方ないと思います。問題は、派遣や不安定雇用を強いられる人々の権利意識と思考能力の低さに基因することも多く、いわば彼らもなるべくしてなったと言えなくもない点で微妙な問題もあります。そうならないように努力してきたとはとても思えないインタビューのコメントを聞いていると、あまりの世間知らずに閉口してしまうこともあります。 |
タロ 2009/01/06 23:35 |
能力が低いが為に貧困にまみれ、その能力の低さ故に共感を生まず他の協力を見ない状況は悲しさを際だたせます。民主・社民・共産の各党首が現地を訪れながらも派遣村に関しては連合も全労連も直接的に手を貸した様子はありません。この問題は深く重層的で十年やそこらで解決するような簡単な問題とは思えません。 |
タロ 2009/01/06 23:37 |
「資本主義原理主義」って、うまい表現だなあと思って。どっかの雑誌で流行らせてくれないですかね? |
774 2009/01/06 23:54 |
ベルリンの壁が崩壊しソ連が転んで、きっと一旦は世界が資本主義側にオーバーシュート気味に振れるんだろうな、とか考えてた人は私だけではないはず。で、そのあとに「ちょっとやりすぎたなあ」といって、国が関与を強めてくるんじゃなかろうか。 |
774 2009/01/07 00:04 |
メディアはいつだって「正義の味方」だ。(忘れやすく、一貫性がなく、実行力がなく、薄っぺらで、どこか他人事だけど。) |
774 2009/01/07 00:18 |
いつも楽しく拝見してます。 |
たつ 2009/01/07 09:11 |
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。 |
初心者 2009/01/07 22:00 |
しけさん、コメントありがとうございます。この問題は卵と鶏みたいなものかもしれませんが、ワタクシの主張は極端な株主資本主義が会社をしてこのような行動を取らせているということです。ワタクシは株主であるということだけでは社会にとって有用な存在でもなければ信頼にたるとも思っておりません。 |
厭債害債 2009/01/07 23:36 |
774さんどうもです。原理主義という言い方はワタクシ以前に誰かが使っておられるはずです。 |
厭債害債 2009/01/07 23:45 |
派遣村や、それを巡るマスコミの対応を見ていると結局これがしたかったんじゃないですか?労組がうるさくて賃下げって言えないから・・・マスコミはやり方は直球じゃありませんが、筋は通していると感じます。 |
タロ 2009/01/08 12:04 |
タロさんどうもです。もし経営側がそこまで考えてやったのならなかなかのものです。 |
厭債害債 2009/01/09 17:34 |
個人的にこの国の問題点として各業界のプレイヤーが多すぎて互いに無駄なつぶしあいをしすぎていると思います。3億人の米国で自動車産業が3社しかないのに日本では11社ぐらいあったとおもいます。 |
! 2009/01/10 16:05 |
| << 前記事(2009/01/04) | トップへ | 後記事(2009/01/07)>> |