厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS 原発と信用格付け(あるいは「考える覚悟」)

<<   作成日時 : 2011/08/29 09:02   >>

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これまで時々駄文を放出してきた内容を無理やりくっつけた感じもするのは気のせいです、きっと。

NHKで原発の問題について電力不足と絡めた討論会が放送されていました。最後まできちんと見てないのでコメントは控えるけれど、原発の問題はおそらく電力問題に矮小化できないだろうと思います。本来はエネルギー全体や地球環境や将来の核武装とかまで考えた壮大な議論。複雑な議論を突き詰めていけば、(古いのはともかく新しい)原発の事故より核兵器を落とされる確率のほうが高いのかもしれませんし、その辺一筋縄でいかないと感じているのですけれど、どうでしょうか?太平洋戦争の引き金はエネルギー問題でしたよね?

それはともかく、ふと原発の問題と信用格付けの問題はある一点でとても似ていると感じました。それは、両方とも「あると楽」であって、その存在によって人々が楽をしている。しかし、実のところとても危険で破壊的なパワーを秘めているということです。
原発の楽さは言うまでもなく低コスト(あくまで事故が起こらない場合ですが)のエネルギーを手に入れることができること。これによってエネルギー供給の制約が少なくなります。格付け会社の出す信用格付けも、当局のお墨付きとあいまって、投資家に「楽」をさせてくれる。具体的には、一定以上の格付けの債券は自動的に投資対象となるところが多いはずです(もちろん信用調査はしますけれど)し、監督行政の観点からも自動的にリスクの少ない投資と見られていて、いちゃもんをつけられる可能性は少ないわけです。

格付けの信頼性に疑問が呈されるようになり、ほぼ近いタイミングで原発事故が起きたことは、なんとなく象徴的な気がします。いずれも長い間、「信頼される」「安全」といったキーワードによって、人々がそれに依存することを許されてきたのですが、それがいずれも崩れてしまった現在、人々は改めて自分たちの身の処し方を自問する必要に迫られています。「格付け会社」の格付けも、原発もない世界をイメージし、それで本当にやっていけるのか、それが果たして将来にわたってよいことなのか?ということを真剣に考えなければならない。原発を一切やめてエネルギーを確保していく覚悟、そのときに受ける制約、国家としてどうするか、など、電力が足りる、足りないだけの問題ではない。格付け会社の格付けが信用ならないものとなれば、すべての債券投資に対し「説明責任」(もちろん格付けに依存しているだけでは説明責任は果たせませんが、少なくとも大きなサポートになりますし、非金融業ではそれで十分ともいえます。)を果たせるだけの調査をしなければならない。となれば流動性や調達の機動性は格段に落ち、コストも上昇するでしょう。

これまで当然のように享受してきた楽さ加減がもはやそのままの状態では維持できなくなっているという点で原発と格付けの問題はちょっと似てきていると感じましたがワタクシのかってなこじつけですかね。そしてここで言う楽さとは物理的な生活の快適さよりもむしろ、「何も考えなくて済んできた」快適さという面が強いと思っています。

実は格付けや原発だけではなく、すべてのことについてそうかもしれません。
日本の首相の選び方も次第に非常に違和感が少なくともワタクシの中では強まっています。新聞でわかりやすく表示される民主党の総裁各候補の主張に、本当に重要ですら○から×までの幅があります。これだけ主張の違う人々のなかから、なんと民主党の国会議員だけで次の首相になる人を選ぶというのです。(まあこれまでも実は同じだったといえば実もふたもないですが。)議院内閣制というのも有権者が「楽をしている」といえます。議員を選べば勝手に国のトップが選ばれてしまう。別に大統領制のほうが優れているなどというつもりはありませんが、少なくとも大統領制では直接有権者はもう一度責任の所在を自らに置きなおす必要がある分だけ大変だ、ということもできるでしょう。

いろいろなところで既に「楽をする」ことが許されなくなっていると感じます。物理的な楽さもさることながら「精神的な楽さ」をもはや時代は許さなくなってきていると感じます。われわれに突きつけられている課題は実は「考え抜く覚悟」ではないか、と思います。そして、もしわれわれが考え抜いた結果が政治や経済に反映できないとしたら、それはシステムそのものの問題であり、有権者が主体的に作り変えていかなければならないということではないでしょうか?

すみません、結局また駄文を連ねてしまいました(恥)。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。厭債さまが、こういう文明論を語られるときはいつも瞠目いたします。思えば物心がついたころから、どんどん暮らしが楽になり、ものごとを考える必要がなくなってきたように思います。どうもそこに何かの無理があったのですね。しかし、いったん考える癖をなくしてしまうと頭を再起動させるのは実に大変です(笑)。シャンパーニュ・ボルドーの旅の続編も楽しみにしております。
Naniwa no Nagori
2011/08/29 09:21
>>いろいろなところで既に「楽をする」ことが許されなくなっていると感じます。

私は資産運用について、
同様のことを痛切に感じています。
以前であれば、これくらいのキャッシュを作れば、
安全でそこそこの金利の先進国の国債を買って、
死ぬまで金利収入で何とか生活できる、
と思えたものが、
そんなに安全でもないし、そのくせ金利は低い、
さてどうしましょう?
と頭を振り絞らなければいけません。
退屈はしませんけどね。(^^)
mushoku2006
2011/08/30 07:39
naniwa no nagoriさんどうもです。旅行記のほうがなかなか手詰まりになっていますが、がんばります。

mushoku2006さんどうもです。言い方は悪いですが民主主義の発達した先進国になればなるほど、国民に優しくなってしまい結果として多量の「不稼動資産」(人的、物的)を抱え込むことになります。人のほうはそう簡単な問題ではないとすれば、それ以外で絞っていくしかなく、結局みんなで縮小へという道筋を共通してたどりそうに思います。まあ大きな目で見た拡大縮小のサイクルの中のひとつだと思いますが、そのプロセスとして暴力的かつ悲劇的な破壊や崩壊がないことを祈るのみです。
厭債害債
2011/08/30 08:50
楽さかげん、実にいい指摘です、あるところまでは、この場合BBBですかね、までは投資家は売りません、がココから先はパニック的な売りになります。同様に原発リスク等の考え方は極めてにております、今までの企業分析はくそ食らえで一気に売り一食です。
みんなでわたれば怖くない的な、考えがマスコミ報道で一気に売り一色です。今回の自粛、欲しがりません電力的な統制経済的な動きは、そういった不安を加速させます。原発全面停止、関東、関西における需給見通しの失敗は、この国の象徴的な行動です。いまだに電力規制を解除しない。すぐやればいいのに2W後の根拠と、その後も15%節約という根拠のない、政策というか。馬鹿らしくてコメントできません。
かる
2011/08/31 01:49
「精神的な楽さ」を裁定利益とするなら、それを得る手段は結局のところ知識でしょう。50年前、100年前なら単純な債券や株式ですら知る人は少なく、それを保有するだけで利益が得られた。それが現代では「先端的な金融技術」に置き換わっただけの話で、人々の先に行けるなら、利益を得る手段はあると思いますけどね。次が何なのかは、自分で探すしかない。そんなの楽じゃないというなら、そんな安楽はどの時代にだって存在しない。まあ機関投資家の方は、運用方針の制約が厳しそうで、同情はしますがね・・・

それはそうと。
エネルギー問題は確かに複雑ですが、ご指摘のような複雑さはないでしょう。原発と核武装は全然別の技術です。自家用車を量産する技術があったとしても、トレーラーや戦車を作る技術にはならない。40年前の技術レベルなら「自家用車もトレーラーも同じ車」だったのでしょうが、現代ではもはや別物です。
エネルギー安全保障にしたって、それなら完全国産エネルギーである太陽光や風力のほうが論理的には都合がよいはず。太平洋戦争の引き金がエネルギー問題というのは一理ありますが、ウランの輸入はその過半を太平洋戦争の旧敵国に頼っている。本気で安全保障を考えるなら、将来の地政学リスクバランスの変化だってある。それに実際に開戦した場合、原発の安全保障上の脆弱性はどう考えるのか。

考える以前に、認識くらいは正しくもっておかないと、正しい決断はできないと思いますけどねえ。原発の是非はともかく、今回のような事故を経ても認識レベルが低いことは本当に驚きです。
baa
2011/09/06 19:11
baaさん、コメントありがとうございます。ご指摘の面も含め、よく考える必要がある局面は多くなっているように思います。まさに以前より人々が思考的に楽できる局面は少なくなっているといみじくもおっしゃっているのだと思いました。
厭債害債
2011/09/09 18:16

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