厭債害債(或は余は如何にして投機を愛したか)

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zoom RSS ユーロポンネソッス戦争

<<   作成日時 : 2015/07/07 00:03   >>

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(ある世界史のテキストから抜粋しました)。

後2000年ごろ、アテナイはユーロ同盟の後発参加のポリスの一つであったが、貿易などで同盟の恩恵を受けていた。さらにユーロ同盟の共通通貨が発行できるという同盟国の特権を最大限に生かし、膨大な借り入れを行い近代オリンピアードを開催した。しかしオリンピアードの宴が終わると、次第に経済は疲弊し、十分な国内での生産もおぼつかなくなった。時のアテナイでは寡頭制のもとカランマンリスが支配していたが、ポリス民の無知をいいことに経済は順調であるとごまかしを続けていた。

後2009年ごろ当時の統治にあたっていたパパン連合が国庫にあるお金の額の「誤り」を発表、実際は国庫の赤字がそれまで発表されていたよりはるかに大きな数字であることを明らかにした。これはユーロ同盟の中で一気に不協和音を生じさせた。なぜなら同盟は各ポリスに共通通貨の発行という特権を与える代わりに経済や財政が一定の水準を満たしていることを要求していたからだ。その水準が大幅に満たされていなかったことを暴露したパパン連合は、他の同盟諸ポリスや同盟外の貿易相手からの信用を失い、アテナイは危機に立たされた。

同盟諸ポリスからの援助で何とかその場はしのいだものの、あれこれ言われたことに腹を立てたパパン連合は、もともとアテナイは民主主義発祥の地であるとか、救済にあたった同盟の盟主ともいうべきドイツポリスに対して数百年前の戦争の賠償を要求したりするなど、KYな言動が相次いだ。これらの言動が他の支援しているポリスの神経を逆なでし、ますます信用を失い、結果的にさらに窮地においこまれて、パパン連合は民主連合と連立して統治にあたることになり、その後パパン連合は統治の舞台から消えた。

しかし、その後も民主連合がユーロ同盟との救済交渉で事態の打開を図ったが、それまでの経緯からアテナイの指導者を信用しなくなったユーロ同盟は、強硬にアテナイが国庫の赤字を減らすために民衆への給付や恩恵を大きく減らし税金を上げるように主張し、それが支援の条件であると言い張ったため、アテナイの民衆には閉塞感が満ち溢れた。すでに相当な経済の縮小によって疲弊していたアテナイにおいて、民主連合よりもさらに過激な扇動政治家(デマゴーグ)も多くあらわれ、誇り高いアテナイ民衆はそうしたデマゴーグの主張を支持するようになり、ユーロ同盟との敵対意識をあらわにするようになった。

後2014ごろデマゴーグの一人であるツイプラスがでて、徹底的なユーロ同盟との対立姿勢を前面に出して頭角を現し民衆の支持を得た。ユーロ同盟や諸外国からの借金の返済期限が次々と迫る中で、ツイプラスはユーロ同盟などとの間で戦争も辞さない覚悟で交渉を続けた。ユーロ同盟の盟主ドイツでは、メルケルタコスがツイプラスにも負けない強硬姿勢を保っており、こちらも戦争も辞さない覚悟で交渉していた。

アテナイは外交にも活路を見出そうとしていた。当時北西からは蛮族プーチンが勢力を拡大しており、ウクライナなどに侵入していた。このことがユーロ同盟には大きな脅威となっていたが、アテナイは蛮族プーチンとも手を結ぶことをちらつかせ、メルケルタコスに圧力をかけた。同時に東からは騎馬民族「習」が利権を目指して拡大を続けており、アテナイのツイプラスはこうした勢力と手を結ぶという脅しをかけることで、ユーロ同盟との交渉を有利に運ぼうとしたのである。

とはいえ、時間は刻々と経過し、ユーロ同盟側からは支援が打ち切られ、アテナイの金庫も食糧庫も完全に底をつこうとしていた。デマゴーグのツイプラスはここで賭けに出た。アテナイの民衆の前に立ち次のような演説を行った。

「我々は民主主義を生み出したアテナイの人間だ。民主主義ほど公正でその結果を尊重すべきものはほかにない。我々が民主的に運営してきた政治が、ユーロ同盟の不当な押しつけによって、崩壊の危機にさらされている。ドイツなどは我々の犠牲のもとでこの世の春とでもいうべき繁栄を謳歌している。同盟なのだからその繁栄の一部は我々のものであるにもかかわらず、彼らはそれをすべて自分の懐にしまおうとしているのだ。こんなことが許されてはならない。しかも、彼らはかつての戦争の時の恩義を忘れ、あるいはその時に行った無法のツケも払っていない。我々が彼らの言うことを聞かなければならない理由は何一つないのである。我々がユーロ同盟の脅しに屈して忍従を強いられる不遇の生活を送るのか(NAI)、それともみんなで我々がその脅しを受け付けないという強い意志を示して、民主主義の素晴らしさを彼らに見せつけるのか(OXI)、投票で決めようではないか。」

陶片投票が行われた。与えられた陶片のある部分が割ってあればOXIで、残っていればNAIという意味とされた。ところが、いくつかの陶片はその部分がとても割れやすくできていたので、集計中に多くが割れて本来の数字よりも多くOXIがでた。

他のユーロ同盟諸ポリスは激怒した。厳しい交渉のさなかでも、やはり同盟国の状況の悪化は蛮族プーチンや騎馬民族「習」などとの安全保障上も問題であるから、アテナイから一定の譲歩を引き出せれば、支援を続けることにやぶさかではなかったからだ。ところがアテナイが他の諸ポリスに相談もなく陶片投票をしてしまい、ユーロ同盟からの勧告を受け入れない姿勢を民衆レベルで決定的なものとしてしまった以上、もはや妥協点はみいだせなくなった。戦争は不可避とみられた。

ツイプラスは国民戦線を組織し、ユーロ同盟からの攻撃に備えた。ユーロ同盟は、それでもアテナイが折れてくれることを期待した。とはいえ安全保障上のリスクを冒しても、このような前例を認めては同盟のタガが緩んでしまうとして、兵糧攻めを続けることとした。ツイプラスは相変わらず強気で、アテナイの民衆には徹底抗戦を呼びかけているが、現実には老人や弱者などの衰弱が目に付き始めても、音を上げなかった。アテナイでは疫病が発生したが、それでも主戦派の勢いは衰えなかった。
ここまで頑強に抵抗するアテナイの態度をいぶかしく思ったメルケルタコスは、使者を出して隠密にアテナイの長老にどうしたものか、とお伺いを立てた・・・

長老「ユーロ同盟は勘違いしておるようじゃな」
使者「はっ?」
長老「厳しい財政の制限や増税などはアテナイには絶対に無理じゃ。」
使者「といいますと?」
長老「むかーし昔、もう紀元前のはるか昔じゃが、ペロポネソス戦争というのがあってな。」
使者「知っておりますが、・・・」
長老「あれ以来、アテナイはスパルタを受け入れられないんじゃよ・・・」
使者「・・・・」

使者は帰還し、メルケルタコスに報告した。
メルケルタコスは大いに納得し、支援を継続しながら、アテナイがユーロ同盟から外れて独自の名誉ある地位を保ちつつユーロ同盟との新たな独立した同盟関係を結ぶように段取りをしていったという・・・
(めでたしめでたし)
(おわり。)


ペロポネソス戦争の教訓:アテネはスパルタとは相いれない。

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