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zoom RSS (生命)保険会社における危険差益はだれのものか

<<   作成日時 : 2016/09/20 12:26   >>

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本石町日記さんのツイート(@hongokucho)で「(生命)保険会社における死差益(危険差益)は会社のものか顧客のものか?は神学論争である」、という指摘があったので、ちょっと自分の考えをまとめる意味で補足しておきたい。ワタクシの考えでは、それは保険会社が「相互会社」か「株式会社」かによってそもそも思想が違う、というのが正解だと思う。

相互会社においては契約者がエクイティホルダーであり、株主は存在しない。つまり会社の物はすべて契約者のものである。だから昔の保険業法では相互会社においては利益の90%以上を配当金に回すというルールが定められていた(いまは法改正によって20%ミニマムぐらいでしょうか)。つまり昔は今よりも危険差益も含めた利益がすべて契約者のものである、という思想は明確に出ていたし、実はその思想自体、つまり相互会社の思想自体には変化がない。

では、なぜ相互会社でも死差益を配当に回さず内部留保等を繰り返すのか、が問題となる。一言で言えば、会社がつぶれないほうが配当に回すよりも優先順位が高いということである。生命保険会社は安全そうに見えて結構な確率で90年代以降破綻してきている。ガバナンスの劣った中位レベルの生保を中心に90年代から2000年台初頭にかけて破たんが相次いだ。監督当局はこれについて社会不安の原因となりうるという危機感を高め、厳格なルールを適用するようになった。その一つがソルベンシーマージン規制である。この規制も結局のところは資本とリスクとの関係を見るものであり、保険会社が一定のリスクをとる商売である以上、リスクを取らない(特に生命に関するリスク)経営というのはあまり意味がないので、リスクを取りながらそれに見合う資本を積み増すことが合理的選択となる。最近でこそ外部調達が花盛りだが、昔はそもそも相互会社の欠点の一つとして外部からの資本調達が困難である、という点が挙げられていた。相互会社の場合「基金」という勘定があるが、今でこそ基金債など資本性の調達のためのアカウントとして使っているが、昔は資産規模が兆を超えるところでも基金という勘定の残高はわずかで、これはそもそも最初の出資行為の受け皿としてしか見られていなかったからである。相互会社にとっての資本積み増し手段としてはかつては内部留保が中心とならざるを得なかったのである。

であれば、劣後債などで資本性調達が容易になった今は内部留保を積み増す必要があるのか?と言われれば、確かに昔ほどの必要性はないかもしれない。但し一方では、欧州の規制に合わせる形でソルベンシーマージンIIといった規制の採用を金融庁が模索しており、これによれば、これまで以上にリスクが様々な形で計測されてくるため、一言で言えば日本のような場合特に必要資本量が増えると思われる。ソルベンシーマージンIIとはブログでも何度も書いている通り、「経済価値ベース」の自己資本規制とも言われ、たとえば長期金利低下の場面では負債の時価が大きく上昇するため、その分経済価値ベース(時価ベース)の資本が圧迫され、規制基準からみてあまり安心できなくなるという問題が生じる。危険差益はあくまで「現行会計ベース」の利益であるが、「経済価値ベース」のほうで資本の浸食が進んでいると、いくら儲けても安心できなくなっているのが現状である。

保険会社の過去の破たんの痛みは保険会社自身も規制当局も大きく感じている。つぶれて大混乱するぐらいなら、あるいは資本不足に陥って不安をあおるぐらいなら、保険契約者への配当は「後回し」にすべきだと考えている節はある。昔と違って配当政策には会社の裁量が効くようになっている。

確かに、危険差益の金額は大きいし、もうけすぎとみられるかもしれない。実際どうしても料率の計算をつかさどる人々(たとえばアクチュアリー)の性質として安全志向が強いため、かなりのいわゆる「安全割増」を載せた料率になっているのも事実である。ただ、やはり保険会社は顧客への保険金や給付金の支払い義務を完全に果たすことが第一と考えれば、少なくとも相互会社においては当面大きな危険差益を維持し続けることはやむを得ない。誤解のないように言っておくと、こうした利益はあくまで顧客のものである。この辺は相互会社である以上不変である、はずだ。

はずだ、と書いたのは実は、ワタクシ的にもちょっと悩ましい事例をみているからで、たとえば一部の相互会社が最近やたらM&A特に海外のM&Aに走っているわけだが、実は相互会社と「成長」というのはあまり相性が良くない概念である。先ほどから書いているように、相互会社の利益は理念上契約者のものである。いわば「無尽」みたいなもので、最終的にはクローズドな世界での資金のやり取りであるはずだ。しかし、実際にはM&Aなどを通じて「成長」志向とみられる会社があり、どことは言わないけれど株式会社になった大手に煽られてついつい理念を見失いつつあるのではないか、という気がしなくもない。相互会社が本来契約者のために取るべきリスクとしてふさわしいのかどうか、という議論があってもおかしくないだろう。もちろん海外に展開することで収益率をあげて安心度を増す、という言い方はできるかもしれないが、当然海外リスクなどへの対応にも資本が必要であり、その資本はもともと多くは契約者から由来した内部留保である。成長を目指すのであればさっさと株式会社にして、外部資本を入れて株主と契約者がともにハッピーになるような利益成長を遂げていけばいいと思うのであるが、そういった会社がその辺の整理をどのようにされているのか私の中で十分にまだ咀嚼できていない。

ちなみに株式会社の場合危険差益が誰のものかという議論はおそらくシンプルである。料率を決めるのは株主によって選ばれた取締役であり、危険差益は実際の保険事故発生によって支払われた保険金と予定された発生率に基づいて計算された保険料との差であるから、決定は株主が握っている。つまり株主のものという言い方は成り立つ(通常の物品等販売で、高い値段でもたくさん売れて儲かりすぎたからと言って、お客さんにお金を返さないで株主の利益になってしまうのと同じ)。したがって、株式会社にとっては無理して安全割増をやる必要もないが、その代りやはり会社がつぶれないための資本政策(内部留保、外部調達など)は真剣に考えなければならない点では同じであるが、危険差益がだれのものか、という点ではすでに「株主のもの」というのが正しいように思える。実際だからこそ、相互会社が株式会社化するときにはいわゆるエクイティを持つ契約者(具体的には過去の収益に対する寄与度が高いあるいは順ザヤ契約など)には一定の株式の割り当てを行っており、そういった資本の持ち主としての地位を明らかにしたはずだ。

ここから先はちょっと冒険的な議論だが、株式会社と相互会社で同じぐらいの安全度で料率が同じ死亡保険があった場合、理屈の上では株式会社は契約者に配当還元することなく(あくまで理屈の上であり、実際は許されないだろうが)株主にすべて払うことが出来そうな一方、相互会社の場合は有配当契約ならあくまで契約者のものであり、何らかの形で契約者に還元されるものという違いがあるので、かりにその他の業績等の条件が同じなら、相互会社のほうが顧客にとって有利かもしれないとも思ったりするのだが、もちろん相互会社だってリスクとの兼ね合いで結局は内部留保が永遠に帰ってこないことも考えられ、一緒と言えば一緒かもしれない。

以上雑駁な議論であるが、考えをまとめてみた。



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内 容 ニックネーム/日時
厭債さん
最近人様のブログをじっくり読む余裕がなかったのですが、生命保険に関するトピックは、現在個人的に興味のあるところで、亀レスで申し訳ありませんが、一言書かせてください。
小生は、銀行、証券で25年間勤務していましたが、生命保険に関しては内部の事情については門外漢であります。しかし、生命保険会社が毎年巨額の危険差益を安定的に計上しているところを見ると、やはり儲けすぎ、つまり保険料が高すぎるのだと思います。もちろん将来の保険金の支払いを担保するために、一定のバッファーは必要かと思いますが、過去の生保の破たんはバブル後の金利低下による逆ざやとか、証券化商品への過度の投資等、ずさんな経営判断に原因があると思われ、それを補うために巨額の危険差益を容認することは違うのではないかと思います。保険料は、まだ引き下げの余地があると思います。昨年10月から銀行が窓販で受け取る手数料の開示が始まりましたが、今後開示の対象が広がること(保険料の内訳、投信の信託報酬に該当する部分等)を期待しています。長文失礼しました。
よっしー
2017/01/02 17:11
よっしーさん、コメントありがとうございます。これも価値判断の分かれるところですが、少なくとも相互会社においては、今も昔も基本的な考え方は「保険料を多めに貰っておいて配当でお返しする」ということです。その意味で危険差益は誰の物か、というと、やはり契約者の物であることは間違いないのです。問題はそれはいったいいつ返すのか?ということですが、実際はかなりの部分が資本として計上される点が相互会社らしいところではありまして、契約者が実はリスクをとった出資者でもあるということです。であれば解約の時に自分の取り分は返してもらえるのかというと、一部は満期や定時に特別配当のような形で返すとしても、解約してすべてが返ってくるかというと、毎年配当としてきちんと分配していなければそうはならず、なかなか説明は難しくなりますが、苦しい説明をすれば経営の安定に株主相当の方にご協力いただいているということになりましょうか?
ちなみに、昔は剰余金の90%以上だかほとんどを配当に回すべしという規制がありましたが、いまはもっと少なくても良いことに変更されており、規制サイドとしても経営の安定を重視する方向になっています。
なおさらに余計なことを言えば、相互会社が株式会社化する際は、この辺の溜まっていた部分がかなり精算されるはずです。
厭債害債
2017/01/05 18:37
厭債さま
小生の亀レスにご丁寧なコメントをいただき有難うございます。おっしゃる通りと思うところもあるのですが、保険に関してはモヤモヤな感じが拭えません。無配当の保険も危険差益は出ているはずで、そのようなコストは契約上還元する必要はなくても、契約者に開示すべきではないかと思うんですよね。毎年保険会社が送ってくる契約の確認の案内に、自分の契約している保険の前年度の三利源の寄与額を載せてくれればいいのにと思います。で、それが保険契約全体の安定のために召し上げられたということであれば、まだ納得できると思うんですが、、、
よっしー
2017/01/08 00:34
よっしーさん、どうもです。まあ相互会社がまだ多少甘えがあるという批判は甘んじて受けるべきだとは思います。基本的に情報格差を利用した商売ということでしょう。
厭債害債
2017/01/08 10:26

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