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zoom RSS 金融庁が「内部留保」にいちゃもん

<<   作成日時 : 2017/10/18 12:00   >>

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ワタクシにはそのように読めてしまいます。
本日18日の日経の記事
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO22358340X11C17A0EE8000/

この記事だけ読むと金融庁が直接民間企業の内部留保の使い方に手を入れるという風に読めますが、まあ実際には証券取引所を通じて上場企業に対する指針を発表する(方向で有識者会議やらなんチャラをやる)ということでしょう。ただし、この記事はそもそも内部留保の使い方を決める責任はだれにあるのかという点をきちんと理解しないと、読む人に誤解を招きかねないと思います。金融庁が直接手を入れてしまったら、共産主義国になりかねません。
企業経営の在り方は本来金融庁の仕事ではなく経営の仕事です。さらにいえば株主の委託を受けた経営の責任なので、株主がきちんと見て声を上げる。場合によっては株主権を行使して経営の首を挿げ替える、そういう仕組みだと思っています。本来ならそこに金融庁の介在する余地はありません。たまたま証券取引所が金融庁の強い影響下にあるということで、上場企業には一定のコントロールを効かせることが可能です。実際先ごろコーポレートガバナンス・コードなるものを有識者会議を経て証券取引所から発表させ、上場企業に受け入れを慫慂したところです。
しかし、そもそもなぜ内部留保だけが目の敵にされて上場企業が活動に口を挟まれなくてはならないのかの説明がいまいち納得感がない。日本経済は上場企業だけで構成されているわけではなく、上場企業だけを対象とするコードで経済を何とかしようというのはちょっと不公平でもある。またなぜ内部留保がたまるのか、というところが本来日本経済の持つ問題点そのものであるにもかかわらずそこに切り込む前に内部留保を何とかせよというのは本末転倒の香りがします。つまり本当の原因は日本の国民の保守性だったり貯蓄過剰体質だったりそれはもっと言えば過去の政策ミスによってもたらされた人口動態のいびつさであるともいえる。そういったものに対するきちんとした議論や整理がないまま、てっとり早く企業の内部留保に手を付けるという発想は、安易すぎるし政治的な安易な人気取りであろうと思います。

そもそも金融庁はスチュワードシップ・コードという小姑みたいなものを作って、そのなかで投資家と企業との「目的を持った対話」を慫慂しているわけです。で、これも不愉快なのですが、金融庁が幾らプリンシプル・ベースとか力説しても、実際には多くの運用会社とか機関投資家が、そのコードの指針の隅々までなめまわすようにチェックして、そのコードに書かれている内容に合致するように、ほとんど実効的には意味のない第三者委員会とか作ったりするわけです。ともあれ、運用のサイドや機関投資家などの大口株主の立場からはこれからいろいろ内部留保の問題も含め、きちんと物を言っていきますよ、という宣言が多くなされている。そして、はっきり言いますが運用会社は、本当に心の底から運用成果を上げたいと思って仕事をしているので、内部留保の活用が必要だと思えば、これまでも言われるまでもなく企業に対し指摘したりしているわけです。もう恰好だけつけさせるのは勘弁してもらいたいと思います。

一番気に食わないのは、世の中で役人より合目的的に仕事をしている民間企業の人間を役人がつかまえて、その稼いだ資金の使い道をああだのこうだの口をはさむことです。我々は自由経済のもとで、基本的に株主や契約者や取引先などの利害関係者のために仕事をしているのであって、役人の名誉欲や自己満足や原理主義的な思想を満足させるためにやっているわけではないのです。もっといえば、まともな税制や社会保障設計が出来ないくせに選挙民の顔色ばかりうかがうポピュリスト政治家たちが、企業に言うことを聞かせてとにかく金融庁の権威(許認可権限)をちらつかせて資金の確保をねらっているとしか見えないのです。今回の記事にあるように『金融庁は「内部留保の使い道はあくまで企業が決めること。当局が指示することはできない。」』とお考えなら、なぜわざわざ指針のようなものを作るのか?ということです。

もちろん証券取引所に上場している企業は、証券取引所が金融庁の管轄下にある以上、間接的に金融庁の影響を受けることは否めないですし、証券取引に関する法令は、システミックな安定などのために必要なものとして、金融庁が管轄するのは当然です。しかし企業の内部留保の使い方はこれとは全く次元の異なる話であり、そこにまで当局が手を突っ込むことは重大な権限逸脱であると同時に、資本主義の根幹にかかわる大きな問題をはらむと思うのですがいかがでしょうか?

この辺の仕組みについては、スチュワードシップ・コードが金融庁の名前で、コーポレートガバナンス・コードが証券取引所の名前で出ているので一応棲み分けを意識はしているようですが(もちろん証券取引所が金融庁の影響下にあるから根っこが実態的には一緒なんですが)、それであればこの記事も金融庁がではなく取引所がとかそのように書かせないとやはり資本主義国としての立場が危うくなりますし、そんなことなら上場やめてしまおうか、どうせ金は余ってるし、みたいな企業が増えてきかねません。最後に困るのは誰でしょうか?ということです。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
もう全くもってその通りです。企業経営の範疇に政治家や官僚機構が介入するなんてナンセンス極まりない。
元金融マン
2017/10/18 13:57

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